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マチアプが気になる男が書く仁義無きエレクトロ ワールド後編「何度でも勝負してやるぞっ!!」「…っ!」

えー、おはこんばんにちは。
最近マチアプが気になるウェトリです m(_ _)m

使ってみたいけど、やれ
登録だマッチングだブロックだと色々
ありそうなので、未だに踏み出す事が出来ず…😅

それ以前の問題として、
仕事や健康やほんの少し引きずっている
過去の恋愛など、乱雑にとっ散らかった状態を
整えないと相手に失礼だし、負担は掛けたくない。

2人で色んな経験をして、
失敗しても何とかなるよ!と寄り添って、
楽しそうに話して幸せそうに笑っている顔を
そばで見ているだけで、それだけでいいんだけどな…

そんな恋愛が出来る日…いつ来るのやら🤣



…さて、今回の記事は
日本のエレクトロニクス企業の
戦争の物語です。後編になります。

この世界の片隅に
携わる者として前々から記事に
したいなと考えていて、そんな気持ちの
連続感の果てに、カタカタと指が動き始めました。

サクサク読めるように
工夫して書いたつもりです😄

前編


それでは、どうぞっ!


松下 幸之助
まつした こうのすけ
(1894~1989。松下電器(現 パナソニック)創業者)
通称【商売の神様】
盛田 昭夫
もりた あきお
(1921~1999。ソニー創業者)


  盛田『こ、幸之助ぇ…許さん…
      絶対に!この屈辱は忘れんぞっ!
        いいか幸之助…覚えていろっ!』

!?

    盛田『コレで、煮え湯を
        たっぷりと飲ませてやるっ!』

そう、ソニーは
殴られっぱなしではなかった。

ビデオ戦争の敗戦が
濃厚になった1980(昭和55)年、
ソニーはこれまでのレコードに代わる
新たな音声記録用ディスクとしてCD(Compact
Disc)を、オランダのフィリップス社と共同で開発。

CDは瞬く間に
世界標準規格となり、
松下電器を殴り返したのである。

  盛田 『さぁっ!この…
      CDのライセンス契約書に
         サインしてもらおうか!』

バサッ!!

  盛田 『どうだっ、
      ソニーを敵に
       まわせばどうなるかっ!

        ウチには世界一の
         技術があるんだ、何度でも
              勝負してやるぞっ!』

こっちを見ろーっ!!
そう言ってるんだよ幸之助…
契約書にサインをするのか、しないのか…
どっちなんだーっ!!

             幸之助 『ぐぐぐっ…!』

こうして、ソニーの
盛田昭夫と松下電器の松下幸之助の
激しい対立は、彼らが死ぬまで…いや、

    死 ん だ 後 も 続 い て い く !

【MD戦争】

1991(平成3)年、CDで
成功したソニーは、次世代の
音楽用記録媒体として得意のディスク
技術を駆使したMD(Mini  Disc)を新たに発表。

これに対し、松下電器は
テープレコーダーをデジタル化して
既に普及しているカセットテープとの
互換性を持たせたデジタル・テープで対抗。

いわゆる “紐対皿” の戦いである。

CDに慣れた大衆は頭出しの
簡単なMDにあっさりと軍配を上げ、
ソニーのMDウォークマンは大ヒット商品となった。


                結果:ソニー勝利



【DVD戦争】

1994(平成6)年、
CDとMDの規格戦争で
圧倒的な勝利を重ねたソニーと
フィリップス連合は、続いて次世代の新たな
映像記録用ディスクとしてMMCDの規格を発表。

CDにそのまま映像を記録させる技術だった。

これに対し、松下電器は
東芝と連合を組んでSDを発表。

松下電器は得意の
政治力を駆使してハリウッドの
映画会社を取り込み、SDは現在のDVD
(Digital Versatile Disc)の規格となり国際標準化。

ビデオ分野ではVHSに
引き続き、ソニーを連敗させた。


               結果:松下電器勝利



【ゲーム機戦争】

1995(平成7)年、
DVD戦争での敗戦直後、ソニーは
新型家庭用ゲーム機プレイステーションを発表。

松下電器は
3DOリアルを発表し対抗するも、
この勝負で松下電器は記録的な大敗を喫する。


                結果:ソニー勝利



【次世代メモリーカード戦争】

1997(平成9)年、
ソニーは次世代型メモリーカードとして
板ガム状のメモリースティックを満を持して発表。

市場で先行していた
“スマートメディア”や“コンパクトフラッシュ”
から、メモリーカードのシェアを奪っていった。

すると、松下電器は
東芝、アメリカのサンディスク社と
共同でSDメモリーカードを開発し対抗。

SDは小型化と
大容量化で優位性を発揮し、
2005年頃から次々に携帯電話で採用された
mini SDやmicro SD規格が勝負の決定打となった。

そして、メモリースティックは
2010年代以降、ほとんど利用されなくなった。


              結果:松下電器勝利





…そして、ソニーと
松下電器は30年戦い続けた後の
2002(平成14)年、歴史的な握手を交わした。

(AV機器・ポータブルAV
機器を中心としたデジタル家電
向けに機能を強化したLinuxを共同開発)

この時、松下電器は4000億円以上の
巨額赤字に陥り、2万人のリストラを発表。
既に戦い続ける力が残っていなかったのである。

そしてソニーも、
2003(平成15)年に5000円だった
株価がわずか2ヶ月で2500円まで下落。
(俗にいう“ソニーショック”)

松下電器と並んで
株価がストップ安になり、
出井伸之社長はアメリカのビジネス
ウィーク誌で“世界ワースト経営者”に選ばれた。

その後、日本の
エレクトロニクス産業は
韓国など海外勢の攻勢により、
2010年代以降は勢いを無くして失墜。

市場のシェアも
奪われたまま、現在に至るまで
深く深い凋落の沼で、もがいているのである…。






…執念と気迫に満ちた
盛田昭夫と松下幸之助による、
ソニーと松下電器の壮絶な戦い。

盛田昭夫
松下幸之助

1970~2000年代まで
続いたこの戦いこそが、ソニーと
松下電器を世界トップ企業に押し上げ…

そして、日本を
エレクトロニクス大国へと
押し上げる原動力となったのである…。



-完-


…以上です。
貴重なお時間を割いて
読んで頂き、ありがとうございました。
それでは、また…(;´_ゝ`)

【P.S.】今後書く予定の内容

●プッカンサラㇺ(北朝鮮人)と兵役行った
 韓国の人って…

●日本史や世界史のリアル話

●「それでは、熊本の新しい
  キャラクター、くまモンの登場でーす♪」
  ヌッ…
 「えっ!?」「ぎゃ〜!!」「うわ〜ん!!」
  〜くまモン誕生物語〜

●夜中、江津湖で魚を獲っていたら声を掛けられた
 「すいませーん、もしかしてあなた…」
 (;゜д゜)「いやっ、あのっ…」

●沖縄を25時間で駆け抜けてみた!

●イタリアでミサンガを強引に付けてきた男や
 ポケットに手を突っ込んできた小学生が放った一言

●タイで食事したらボッタクリ「警察呼ぶよ👩」
 (゜д゜)「むしろ呼んで」

●ベトナムで原付旅行中、声を掛けてくれたのは
 サンダル履きが素敵なあの職業の人だった
 「もしもし、どこ行くの?免許証は?👮」
 (;゜д゜)「えっと…オンリーパスポート」
 「もしもし、撃つの?撃たないの?👨🏾」
 (;゜д゜)「ゴクリ…いいんですか…?」
 「もしもし、買うよね、ここで?👩」
 (;゜д゜)「ベンタインで拘束なう」

●レンタカーで5時間かけて走り抜けたアメリカの
 砂漠 (;゜д゜)「44℃…⁉」

順番は決めていないので、
リクエストがあればぜひお気軽にコメントどうぞ😇

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