ざわつく、ゆらぐ梅雨の肌
むぎちゃんとコンビニ魔法
六月も板についてきた月曜日。
月初めから、
「最近肌荒れひどいんですよねー」
とぼやいて16,000円の美容液をポチっていた、
瀬川さんの額に、
とうとう、ニキビが三つ。
本人はいつも通り爽やかに、取引先へメールを打っている。
対して私は、午前中ずっと仕事にならなかった。
きれいすぎる。
いや、瀬川さんは勿論いつもきれいだけど、
配置がきれいすぎる。
三つのニキビが、あまりにも見事な、
コンパスでも使ったかの様な、
正三角形を描いている。
もう一人の私が、
ニュースで低い声のナレーションを始めた。
「この海域では、過去にも複数の船が――」
やめて。
そこは海ではない。
瀬川さんの額。
「この海域は瀬川危険三角水域と呼ばれ…」
しまった!自分でツボにハマってしまった。
入ったら、もう帰ってこられない。

どうしてそんな事を考えてしまうんだ自分!
議事録を書こうとしても、目が勝手に瀬川さんの額へ行く。
「本日の議題は、来期の販売計画についてです」
(私の議題は、瀬川さんの額に発生した危険三角水域についてです。)
なぜ三つなのか。
なぜその配置なのか。
なぜ月曜の朝なのか。
・午前九時半。
私の集中力一隻が消息不明になった。
・十時十五分。
議事録作成船、航路を外れる。
・十時四十二分。
メール返信丸、濃霧により座礁。
・十一時。
午後への希望、沈没確認。
どうしよう。
気になって仕方ない。
瀬川さんはただ仕事をしているだけなのに、
額の三点がこちらの業務を次々と遭難させてくる。
瀬川さんにはとてもお世話になっている。
異動してきたばかりの私に、申請の罠も、コピー機の機嫌の取り方も教えてくれた。
だから助けたい。
助けたいのだが、
「瀬川さん、額、どうしました」
とか言えない。
そんなデリカシーのない事言えない。
信頼関係も、社会人としての色々も、
ついでに来期の販売計画も沈みそう。
昼休み、
「今週を勝ち抜くためのチャージ」という、
グランデサイズの新作フラペチーノと、
新作スイーツ片手に瀬川さんが言った。
「肌荒れ全然よくならないんですよねー。
ちょっと落ち着いても、またできて、
洗顔料も変えようかな。」
出た。
外側ケア港から、
コスメ沼へ向かっている。
「これ、口コミもすごいんですよー。」
と、本気のランチ3回くらい行けそうなお値段の洗顔料を指さしている。
悪くない。
効果もあるんだと思う。
ただ、今の瀬川さんの額は潮が悪い。
あれは、湿気で体に余分な水分が溜まり、
胃腸が弱る。そこに熱がこもった、
「湿熱」になっている。
体の中に溜まった老廃物と熱が、皮膚の赤みやトラブルに繋がっている。
そこに加え、
寝不足。
ストレス。
カフェラテ。
話題のスイーツ。
月曜日の憂鬱。
それらを助長させる要素達。
実は以前、瀬川さんは、一度正解に辿り着いていた事がある。
腸活を始め、発酵食品や温かい健康茶を摂っていた時期がある。
肌の調子がよかった。
自分でも実感しているくらい。
ただ、ストレスフルな、忙しい社会人。
どんなにいいとわかっていても、面倒な事は続けられない。
三ヶ月でやめた。
そして、代わりに、
お悩み一発解決と書かれた新成分配合の美容液。
自分ご褒美の新作ドリンクやスイーツ。
全部が変な海流になって、あの三角水域に流れ込んでいる。
「口コミ、大きいですよね。」
額の危険水域には触れず、目を逸らした。
その日の帰り。
瀬川さんとコンビニに寄った。
「今日はケーキとカフェラテ買って帰ります。今週の業務を倒すには糖分が必要なので」
まて。
今、倒す相手は業務ではない。
額の危険三角水域だ。
カフェラテは救助船ではない。
危険水域を助長させる急流だ。
戻ってこい。
帰ってこれなくなるぞ。
私(の集中力)が。
冷蔵棚の前に立つと、
ペットボトルの列の向こうに、小さな扉が見える。
いつもの小部屋だった。
棚の奥の瓶が、やけにこちらを見ている。
ラベルには、丸い文字。
「荒地に、平和をひと粒」
今日はこれか。
棚の上から、ぽっぽ、と声がした。
あ、むぎちゃん!

麦わら帽子。
小さな鞄。
羽の先には、つやつやのハトムギ。
派手な魔法は使わない。
雷も落とさない。
敵を滅ぼしたりもしない。
巨大な竜に乗って登場したりもしない。
ただ、ハトムギの粒を抱えて、
「まあまあ、いったん落ち着きましょう」
という顔で立っている。
控えめだけど、頼もしい。
むぎちゃんは小さな巻物を広げた。
「瀬川危険三角水域、発生中」
むぎちゃんまで、やめて。
私の集中力は、もうだいぶ遠くまで流されている。
「瀬川さん、いい人なんだよ。助けて。」
よいしょ、よいしょと押してきたのは、
一本のハトムギ茶。
ラベルの上に、淡い文字が浮かんでいる。
やすらぎの魔法
お肌の危険水域に、平和をもたらすのむ魔法

さらに巻物、
「甘いカフェラテ方面へ流される前に、
進路変更を。
ただし『額が危険水域なので』は禁句。」
言えるか!
私はハト麦茶を受け取った。
むぎちゃんがハトムギの粒を掲げる。

平和を配達。
次の瞬間、私はコンビニの冷蔵棚の前に戻っていた。
手にはハト麦茶。
瀬川さんは、甘いカフェラテを持っている。
「はちみつさん、今日それですか?」
「はい。梅雨の重だるさにもいいらしいんで。」
瀬川さんは、カフェラテを見た。
ハト麦茶を見た。
またカフェラテを見た。
額の危険三角水域が、静かに潮を巻いている。
私の肩が小さくゆれそうになる。
額を見ないようにした。
「じゃあ私も、こっちにします。最近ちょっと胃も重いし。」
冷蔵棚の奥から、かすかに
ぽっぽ。
と聞こえた。
救助成功。
二週間後。
瀬川さんの額から、あの正三角形は消えていた。
私の集中力も、消息不明地点から無事帰還した。
昼休み、瀬川さんがハト麦茶を飲みながら言った。
「最近これ、なんとなく続けてて。肌も少し落ち着いた気がする」
よかった。
ちゃんと気づいた。
給湯室に戻ると、窓際に小さな白い羽が落ちていた。横に、むぎちゃんの巻物。
「知ってるのにやらない人間たちへ。
お肌の平和、配達中。」

むぎちゃんは、丸いハトムギの粒を抱えてとんでくる。
ざわついたお肌の水域に、平和を届けるために。
コンビニで買えて、開けたら、飲める。
地味だけど、そのくらいの、のむ魔法。
そのくらいが、続けやすい。

このお茶、何が起きてるの?
梅雨に消化機能が落ちやすいのは、
湿邪が脾(胃腸・消化・代謝)を弱らせるから。
弱った胃腸の環境が乱れると炎症性サイトカインが増加し、皮膚の炎症として現れます。
ハト麦(薏苡仁・よくいにん)の働きは
「健脾利湿(けんぴりしつ)」
と
「清熱排膿(せいねつはいのう)」。
脾(胃腸・消化・代謝)を立て直しながら余分な水分や老廃物を排出し、皮膚の熱と炎症を鎮める。
梅雨の肌荒れは、外側のケアだけでは追いつかないことがあります。
腸皮膚軸(gut-skin axis)」という、腸の状態が全身の免疫や代謝を介して、
皮膚の健康や肌トラブルに直接的な影響を及ぼすという双方向の相互関係を差し、
今では普通に使われる言葉です。
コンビニのハト麦茶はノンカフェイン。
原材料に「はと麦」とあれば、ブレンドタイプでも有効です。
実は正解を知っていた人は、結構いるはず。
あとは手を伸ばすだけです。

人は「旧知のこと」より「最新のもの」が最良と捉えがちで、そこに手が伸びるようにできています。
脳の報酬系がそう動く。瀬川さんは悪くない。
外側のケアも勿論大事だとは思いますが、
それだけでは完結できません。
皮膚は内側から作られる。
スキンケアを変える前に、
「何を摂取しているか」を振り返ってみる。

飲み物を変えてみる。
食べ物を変えてみる。
ケアする順番を変えてみる。
