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いつも「いい人で終わる」恋愛について|実話と原因考察

どうも、こんにちは!
サンキュー独身です。

「いい人なんだけどね」

この言葉、言われたことある人っていますか?

これ褒め言葉なんですよね、たぶん。
でもこと恋愛においては
「恋愛対象ではないんだよね」って言われているのと同義と考えます。

僕は昔、これを同じ相手に2回言われたことがあります。
その経験をもとに「いい人」とは何なのか、深堀していきたいと思います!

一緒の帰り道がきっかけだった

20代後半のころ、会社の同僚に好きな人ができました。

きっかけは、ほんとうに些細なことで、
退社時間がたまたま重なって、駅まで一緒に歩いたんです。話してみたら話しやすくて、気づいたら改札前で小一時間話して、
今度喫茶店でお茶でもしながらたくさん話そう、ってなり、
連絡先を交換したのがはじまりでした。

その後、何度かお茶したりして、2人で話すうちに、「今度ここ行ってみたい」という話になって、週末に出かけていました。ちょっとしたイベント、少し遠い街、なんでもない昼ごはん。
特別なことは何もないけど、気づいたら2人の「思い出」と呼べるものがいくつも積み重なっていくなかで、自然とその人に対して好意を寄せるようになりました。

2回の告白を経て

あるドライブの帰りの夜、
駐車場で降りても送る際に、思い切って気持ちを伝えました。

返ってきた言葉は、こうです。

「ごめんなさい。いい人だと思ってる。友達としてなら。」

はじめてまともに告白したので、フラれたときはショックで寝込みました。ただ「いい人」と言ってくれたし、まあそういうこともあるかと思いました。

それでもしばらくは普通に話していましたし、たまにドライブに誘って出かけることもありました。ぼくの中では、気持ちの整理がついていなかったけれど、表向きは「いい人」の顔をしていました。

夏は花火を見に行ったり、楽しい思い出を重ねていきました。

そして、クリスマス前にもう一度
2回目の告白をしました。

また、こう言われました。

「いい人だと思ってます。それでもやはり恋愛対象としては無しです」

もう、なんなのこいつ。まじでなんとも思わないの?
俺をもてあそんでたのか?と若干嫌になりましたが、
頭がそう思っても、心が離れない。
それでもやっぱ好きなんだなと思いました。

35歳になったら結婚するか?

2回目の告白の後、共通の友人と一緒に3人で飲む機会があって
彼女との事情を話したら
「じゃあ、もし35歳になってお互いまだ独身だったら、結婚する?」

友人は冗談っぽく聞いたつもりでした。
でも彼女はちょっと考えて、こう言いました。

「うん、すると思う」

その瞬間、笑えばいいのか、困ればいいのか、こいつなんなのとか、もはやわからなくなりました。じゃあ、今結婚するのでいいじゃん・・・とか思いました。

「すると思う」って、なんだろう。
今は恋愛感情はないけど、条件が揃えば選ぶ。
つまり僕は、「今は選ばないけど、いざとなれば悪くない相手」だったという保険みたいな人だということです。

まさに「いい人」って、そういうことなのかもしれない。

彼女に悪気はなかったと思います。
気になっている人もいると言っていたし、恋愛対象でもない人と関係を続けるのもあまりいいことではないと思うし、僕もそう思います。

その後、彼女は会社を退職し、この20代後半の甘酸っぱいような、渋いような、よくわからない恋愛経験は幕を閉じました。

なぜ「いい人」で終わるのか

ここから少し、それらの経験を踏まえて
自分のことを分析してみます。

そもそも僕は、
恋愛経験が少ないことをずっと恥ずかしいと思っていました。
だから、そう思われないように取り繕っていた部分がありました。

なので恋バナをしない。というかするだけの経験も自信もなく、
ドキドキさせるような言葉を言わないし、感情をぶつけない。
その結果、一緒にいると落ち着くけど、胸が高鳴ることはない。
そういう存在になっていたんだと思います。

もうひとつ、振り返って気づいたことがあります。

好きになってから、
ぼくは自分なりの「幸せ」を彼女に押しつけていたのかもしれません。
自分が楽しいと思うこと、自分が大切だと思うこと。
それを共有すれば、きっと彼女にも伝わると思っていました。

でも当たり前のことなんですが、
自分の幸せが、相手の幸せとは限らない。

これに気づいたのは、かなり後になってからです。
相手が何を求めているか、何にときめくのかを、
ちゃんと見ようとしていなかったと思います。
自分の「いい人」像を演じることに必死で、
目の前の相手を見ていなかったのかもしれません。

つまり、まとめると
「いい人」と言われているんじゃなくて、
無意識に自分にとっての「いい人」になろうとしていた。
ということです。

たまに彼女は僕のことを
「なにを考えているのかわからない」
「めっちゃ皮のアツいロールキャベツみたいな人」

って言ってました。

今考えるとめっちゃ面白いというか、的を得ていたのかもしれませんね。

そこを彼女は見抜いていたのかもしれませんし、単純にタイプじゃなかったかもしれません。そこの真意は彼女のみ知ると思いますが、それはサインだったかもしれません。

ただ自分にとってこの恋愛は
そんなことにすら気づかない自分の愚かしさと
自分自身の未熟さに気づく良い経験になりました。


39歳独身が幸せな家庭を築くためにすべき事

失敗から学んだことを書いてみます。

① 自分の「恋愛経験値」と向き合う

恋愛経験が少ないことは、恥ずかしくないと思います
でもそれを隠そうとすることで自分らしさを縛っていたのかもしれません。
まず「自分はこういう人間だ」と認めることが、等身大でぶつかる第一歩だと思っています。
背伸びした「いい人」より、不格好な本音のほうが、
たぶん人の心には届くのだと思いますし、安心感があると思います。

② 相手の「幸せ」を、先に知ろうとする

自分の好きなものを共有したい気持ちはわかりますが、
それより先に、相手が何を楽しいと感じるか、何に安心するかを知ることのほうが大事だったかもしれません。
幸せな家庭を考えたときに、自分の幸せを押しつけ合う場所じゃなくて、お互いの幸せを知っている場所だと思います。

③ 感情や想いをちゃんと出す

怒ったり、寂しかったり、嬉しかったり。「嫌われないように」「いい人であるように」するために、そういう感情や想いを出すことを、ずっと怖がっていました。
でも感情を出せない人と、長い時間を一緒に過ごすのは、相手にとって「何を考えているかわからない」のでしんどいと思います。
それこそ、結婚をして相手と一緒にすごすためには、自分らしさをさらけ出せ、自分の素の感情を見せられる関係であるべきでしょうし、それがお互いにとって居心地がよく、合う関係でないと、長続きしないと思います。
まあ、感情の出しすぎはよくないかもしれませんし、我慢すべきところはあると思いますが・・・。

④ 「好かれること」より「一緒にいたいと思われること」を目指す

いい人は好かれます!
これは経験上間違いないし、仕事でも人間関係を構築するのがうまくやれていたと思います!
ただ、こと恋愛においては、「いい人」というのは
「また会いたい」「ずっといてほしい」とは、
少し違うのだと思います。

相手にとって自分がいることで何かが変わる。
そういう存在になれるかどうかなのかと思います。

さいごに

ということで、今回の記事は以上になります。

僕はこの「いい人」を長年演じてきた自負があります!(不名誉ですが)
だからこそ、失敗を経験に変えて
幸せな家庭を築くための努力をこれからもしていきたいと思います。

同じような境遇の方や、共感した!という方がいましたら
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それではまた次の記事で!
サンキュー独身でした!


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