自己啓発が、自己否定に変わるとき
私が自己啓発に違和感を覚えたのは、
嫌いになったからではありません。
むしろ、
「助けられてきた」という実感があるからこそ、
立ち止まった、という感覚に近いです。
前向きに考えること。
見方を変えること。
自分の心に目を向けること。
どれも、私にとっては
確かに意味のある時間でした。
「わかるのに、できない」感覚が出てきた
ある頃から、こんな感覚が出てきました。
言っていることは、よくわかる
書いてあることも、納得できる
でも、なぜか心や体がついてこない
それでも
「今は踏ん張りどきなのかも」
「もう少し頑張れば変われるのかも」
そう思って続けていました。
けれど、
少しずつ疲れが溜まっていきました。
気づいたのは、「意識」だけでは説明できないこと
多くの自己啓発は、
考え方や心の持ち方を整えることに力を置いています。
それは、とても大切な視点です。
ただ、
生きているとこんなことも起こります。
体調がすぐれない日が続く
生活に余裕がなくなる
今は頑張るより、休む必要がある
こういう状態のときに、
「気持ちの持ちようでどうにかなる」
「前向きに考えれば進める」
という言葉だけを頼りにすると、
かえって苦しくなることがあります。
しんどさの正体は、「責め」に変わる瞬間
最初は励ましだった言葉が、
いつの間にか自分への基準になります。
できない私は、まだ足りない
休みたい私は、弱い
しんどい私は、前向きじゃない
そんなふうに、
「今の状態そのもの」を
直さなければいけないものだと
感じてしまう。
ここまで来ると、
自分を支えるはずの考え方が、
自分を追い詰めるものに変わってしまいます。
違和感は、「やめどき」ではなく「調整どき」
この違和感は、
考え方が間違っていたからでも、
自分が向いていなかったからでもありません。
ただ、
今の自分に合う使い方ではなくなった
それだけだと思います。
前向きな考え方が役立つ時期もある。
気持ちを切り替える言葉が支えになる時期もある。
でも人生には、
「考え方よりも、まず体や生活を整える時期」
も確かにあります。
私は、全部を取り入れなくていいと思っている。
自己啓発は、
生き方のルールではなく、
道具のひとつだと思っています。
今の自分に合うものだけ使う
しんどいときは、距離を置く
人や流行ではなく、自分の状態を見る
それで十分。
昔助けられた考え方を、今は使わない。
それは後退ではなく、自然な変化です。
「ちゃんとやれていない気がする」
「前向きになれない自分が嫌になる」
そんな気持ちがあるなら、
それは甘えでも失敗でもありません。
今の自分を守るために、
心がブレーキをかけているだけ。
違和感は、
無理を続けないためのサイン。
前向きな自己啓発は
自分を変えるためではなく、
自分を大切にするために感じていいものだと思います。
