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虹を見たんだ。

このnoteには、精神疾患の描写が含まれています。
読むことで変調を来す恐れのある方は、
ここでそっと閉じてくださいね。


その瞬間は、ふいに訪れた。
大量の乾いた洗濯物を、引き出しにドンドンしまっている時だった。昨年3月31日日曜日の夕方近く。夕ご飯の献立を頭に巡らせていた。それだけではなく、次の日の月曜日にやる仕事の段取りを思い浮かべては、私の後任にどうやれば効率的に引き継げるのか頭の中でシミュレーションしていた。
そこで背後から夫に話しかけられた。
「ねえ、市役所に提出する書類書いたの?」
と、同時に私の足元に寝そべっていた娘のハトちゃんがベソをかきはじめた。
「明日、新しいデイサービス、行きたくない」
私は、かろうじて答えた。
「おう」
二人に対して。いや、片方に対して?いや、自分に対して。声を発音したものの、頭の中に整然と積み上がっていたはずのタスクがどんどんメチャメチャになって暴走して回り始めたのだった。
──ヤバい!キャパオーバーだ。全部には対処できぬ。焦ったらいかん。パニックになる。
そう思った私は、とりあえず洗濯物を放置してその場にしゃがみ込んだ。頭の中の嵐が去るのを待とうとした。でもダメだった。
ハトちゃんの泣き声はだんだん大きくなっていった。



2024年3月31日、私は病んだ。

県を跨いだ引っ越しと、娘のハトちゃんの小学校卒業及び特別支援学校入学と、自分の人事異動が重なった。そして春だったし、さらには年度末だった。

デッドラインが光っていた。そこに向かってどうにか業務をおさめていった。年度末なのは例年と同じだから、キリキリ舞ってれば終わる。だが、そこに異動の内示があったのだ。人事部門には「娘が進級して不安定になるから、動かさないでくれ」と希望を出していたのに。娘には発達障害と軽度の知的障害がある。

31日の晩は特に眠れなくて、寝返りばかりうった。胸が焼け付くような焦りを感じていた。
──こんな余裕のないお母さんで、ハトちゃんを無事に入学させられるのかなぁ。緊張って伝染するし。
私は、過集中で考えた。ハトちゃんにとって、新しい環境は恐ろしい。新しいデイサービスも特別支援学校の中学校も怖いところなんだ。あの子が少しずつ慣れていくには、最初は短い時間から何度も何度も練習して、出来たことを一つずつ褒めていくしかないんだ。それには、

──それには、圧倒的に時間が足りない。

もうすぐ明け方だった。足先は冷たく、手の指先はこわばっていた。私は絶望していた。一番大切な人の一大事に寄り添いたいのに、寄り添えないかもしれない。学校もデイサービスも、楽しんで欲しいのに!

私は、一つの解を導き出した。
私は、お母さんだけになろう。

隣のベッドで眠るハトちゃんの規則正しい寝息を聞きながら強く思った。




「適応障害です」
メンタルクリニックのドクターは、あっさりそうおっしゃった。
4月1日、私は病院に行った。ドクターに涙ながらに不安で眠れないことや、引越しの荷物の開梱と手続きが進まないこと、娘に穏やかに接したいことを訴えていた。
「休んでください。診断書を書きます」
ドクターは淡々とおっしゃった。私は、ホッとすると同時に、勤務先に与える打撃を予想して暗くなった。なんてお伝えしたら良いのだろうか?でも、腹を括らなくは!私はお母さんだけになるために、休むのだ。




病院から車で帰宅する道で、ハンドルを操作しながら、またもや私は過集中となっていった。過去に見た景色を思い出していた。





いくつになっても、初めての体験ってある。
私の最近の初めては、高速道路の運転だった。私は運転がアレである。言うなれば永遠のペーパードライバーである。行ったことのない場所へ行くときには、ずっとgoogle streetviewで予習するタイプ。インターからの合流、出来るのだろうか。

ハトちゃんの進学予定の中学校には、県を跨いでの入学となる。その入学説明会に親子で出席する際、どうしても夫の都合がつかず、私の車で行くことになったのだった。初めての高速運転の日は、朝から細い冷たい雨が降っていた。テレビで天気予報は午後に向かって回復してゆくと言った。
──なんで今日、雨なのよ?
私は、空に向かって白い息を吐き出しながら泣きそうになっていた。

靴は履き慣れたドライブシューズ、服はストレッチの効くブラウス。音楽はかけず、ラジオを小さく。インターチェンジ直前のコンビニでトイレをすませる。もう一度、降りるインターチェンジの名前をチェックして深呼吸をして車に乗った。

ハトちゃんは静かにしていた。母のただ事でない雰囲気にのまれていたのだろう。

私はインターから高速に合流した。たまたま、後方から車は来ておらず、するりと合流できた。これでもう肩の荷が降りた。あとはずっと、左端を走れば良いのだ。そして、降りる。

私はその先にジャンクションがある事を失念していた。私の地方には、だいぶ入り組んだジャンクションがあって、一本間違えると、他県に飛ばされることとなる。

順調に走ってきた私の目の前に、標識がバンバン飛び込んできた。「この先分岐」「◯◯方面←」「××方面↑」「△△方面→」「◻︎◻︎料金所はここから行けません」
──え?なんて?
もともと遅かったのにもかかわらず、より一層速度がおちる私。
どうやら左端にいてはイカンらしい。少しずつ車線を変更する。後方を見て、車線を変更して、目的地へ向かう。どデカいバスをやり過ごして、右側へ。分岐の道路の先には、また、合流があった。青ざめる私。合流のゾーンが短い!アクセルをふかし、ウインカーを出して、強く念じた。
──入ります!入れてください!
するりと入ることが出来た。私にも出来た。

私は、他人に配慮して、顔色を伺って、私はこうしたいんだという強い意志を見せることを恐れてきた。だから、合流が苦手だ。
私は、右折も苦手である。
人の流れを堰き止めて、そこを通るのが苦手なのである。だから左に3回曲がって同じ方向へ向かっていく方を選んできた。

しかしながら、行きたい所があるのなら、意志を強く持って、「通ります!」ってウインカーを出して、時には相手を立ち止まらせても、そこへ最短最速で行きたいと思った。もっと「こうしたいんだ」と強く全面に押し出す。隠さない。

なんてことを考えてたらね、

カーブの先に、曇り空に切れ目が出来てて、そこには目が覚めるような虹が出ていた。
周りは薄暗いのに、そこは光っていた。

勇気を出して飛び込んだ、高速道路の道の先に、虹が出ていた。

私は、なんだってきっとできる。
そう強く思ったんだ。




あの日の虹を脳裏に感じながら、車のハンドルを大きくきった。
私は、お母さんだけになってハトちゃんが新生活にテイクオフするのを見届ける。今しかできない大きな仕事なのだ。

その春、初めて病休を申請させてもらった。
目的地に着くために。





この企画に参加しています。


おかげさまで、娘のハトちゃんは学校に馴染んでいます。
勤務先のバックアップもあって、
私もゴールデンウィーク後に職場復帰しました。
感謝しかありません。



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らん・地中海性気候 ハトちゃん(娘)と一緒にアイス食べます🍨 それがまた書く原動力に繋がると思います。