医療法人の役員報酬・院長給与の決め方 — 定期同額給与と過大役員給与の否認リスクをどう考えるか
医療法人を設立して数年が経ち、経営が安定してくると、理事長・院長として「自分の役員報酬をいくらに設定すべきか」という問いが避けて通れなくなります。利益が出ているのだから、その分を報酬として受け取りたい。一方で、報酬を上げすぎると税務上問題になると聞いたことがある。この二つのあいだで、どこに線を引けばよいのかが分かりにくい、という声をよくお聞きします。
分かりにくさの背景には、医療法人特有の事情があります。株式会社であれば、利益は配当という形で出資者に分配できますが、医療法人は剰余金の配当が禁止されています。そのため、医療法人では、株主への配当のような利益分配の経路がない分、理事長・院長への金銭の支給は、職務執行の対価としての役員報酬や役員退職金が中心になります。だからこそ、その報酬が職務の対価として「適正かどうか」が、ほかの法人以上に問われやすい構造になっているのです。
なお、本記事は、院長が理事長・理事などの医療法人の役員である場合を中心に扱います。院長が役員ではなく勤務医・管理者という立場であれば、その給与は使用人(従業員)に対する給与の論点になり、以下で述べる定期同額給与・過大役員給与のルールとは別の枠組みになります。まずは、ご自身が役員に当たるかどうかを前提として確認しておいてください。
この記事では、医療法人の役員報酬がなぜ論点になりやすいのかを医療法・税法の両面から確認したうえで、損金算入の前提となる「定期同額給与」の考え方、期中に報酬を変える場合の改定時期、そして「不相当に高額な部分」が損金不算入とされる過大役員給与の判定基準までを整理します。報酬額そのものに正解があるわけではなく、最終的には個別判定が必要ですが、まず制度の枠組みをつかんでおくことが、判断を誤らないための土台になります。
なぜ医療法人の役員報酬は論点になりやすいのか — 配当禁止という前提
最初に押さえておきたいのは、医療法人が「剰余金の配当をしてはならない」法人だという点です。これは税法ではなく医療法に定められたルールです。
⚠️ 二次情報(医療法は税法ではなく、本記事作成に用いたtax-law MCPの対象外のため、政府系サイトで確認した二次情報として記載します)
内容: 医療法第54条は「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない。」と定めており、医療法人は剰余金の配当ができない非営利の法人とされています。近隣相場と比べて著しく高額な賃借料の設定など、配当に類似する実質的な利益分配(配当類似行為)も禁止の対象とされ、違反した場合には理事・監事に過料が科されうるとされています。条文原文は下記の公的サイトでご確認ください。
情報源: 厚生労働省・大阪府等の公的資料(e-Gov法令検索 医療法 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205 、大阪府「剰余金配当の禁止と役員の報酬等」 https://www.pref.osaka.lg.jp/o100020/iryo/hojin/joyokin.html )
信頼度: 高(政府系サイト)
つまり、株式会社のオーナー経営者であれば、役員報酬を抑えめにして法人に利益を残し、それを配当として受け取るという選択肢がありますが、医療法人の理事長にはその経路がありません。理事長・院長への金銭の支給は、在任中の役員報酬と、退任時の役員退職金が中心になります。
この構造が、役員報酬の「適正性」を一段と重要にします。配当という出口がない分、報酬を厚くしたいという動機が働きやすい一方で、税務上は、その報酬が職務の対価として相当な範囲に収まっているか、毎月の支給が一定のルールに沿っているかが問われます。配当ができないからこそ、役員報酬・退職金の設計が医療法人の税務の中心テーマになる、と理解しておくとよいと思います。なお、報酬を職務の対価としての相当性を超えて厚くすることは、後述する過大役員給与の論点に直結します。配当禁止の代替として報酬を引き上げるという発想は、税務上はむしろリスクを高める方向に働く点に注意が必要です。
なお、ここでいう配当禁止は医療法上の論点であり、許認可や法人運営に関わる事項です。具体的な判断は所管の都道府県・専門家にご確認ください。本記事はあくまで、その前提を踏まえた税務上の取扱いを整理するものです。
役員報酬は自由に決められるのか?
結論から言うと、医療法人の役員報酬は、金額そのものを定款や社員総会の決議の範囲内で決めること自体はできますが、それを法人の経費(損金)として全額算入できるかは別問題です。法人税法は、役員に対する給与のうち一定の類型に当てはまらないものや、不相当に高額な部分を、損金に算入しないと定めています。
具体的には、毎月同額で支給する「定期同額給与」などの要件を満たすこと、そして職務の対価として相当な金額にとどまること、という二つのハードルがあります。どちらかを外れると、その部分は法人の所得計算上、経費として認められません。つまり「いくらに設定するか」は自由度がある一方で、「いくらまで損金にできるか」には税法上の制約がかかる、というのが正確な理解です。
この二つの制約を、次のセクションから順に見ていきます。
定期同額給与 — 毎月同額が原則
役員報酬を損金に算入するための一つ目の柱が、定期同額給与です。根拠は法人税法第34条第1項にあります。同項は、内国法人が役員に支給する給与のうち、同項各号に掲げる給与の「いずれにも該当しないものの額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と定めています。
そして、その第一号で定期同額給与を次のように規定しています。「その支給時期が一月以下の一定の期間ごとである給与(次号イにおいて「定期給与」という。)で当該事業年度の各支給時期における支給額が同額であるものその他これに準ずるものとして政令で定める給与(同号において「定期同額給与」という。)」。
平たく言えば、一か月以下の一定の期間ごとに支給される給与(典型的には毎月の役員報酬)で、その事業年度の各支給時期における支給額が同額であるもの、ということです。月々の役員報酬を毎月同じ金額で支給していれば、原則としてこの定期同額給与に当たり、損金算入の対象になります。逆に、後述する適法な改定や事前確定届出給与などに当たらないのに、年度の途中で金額を上下させたり、利益が出たからと届出のない期末賞与的な上乗せをしたりすると、この要件を外れ、損金不算入とされるおそれがあります。
なお、役員に対して所定の時期に確定額を支給する給与を、あらかじめ所轄税務署長に届け出る「事前確定届出給与」(法人税法第34条第1項第二号)という別の類型もあり、要件を満たせば損金算入の余地があります。本記事では毎月の役員報酬を中心に扱いますが、賞与的な支給を検討する場合は、この届出の要否も含めて個別に確認が必要です。上手く活用すると、社保も抑えることが可能ですので専門家としっかり相談し設定してください。
医療法人では、診療報酬の入金や自費診療の収入によって月々のキャッシュフローに波が出ることもありますが、だからといって役員報酬を都度増減させると、定期同額の枠を外れてしまいます。報酬は年度を通じて一定額で支給する、というのが基本姿勢になります。
期中に報酬を変えたいとき — 改定は事業年度開始から原則3か月以内
「毎月同額」が原則だとしても、報酬額を一度決めたら一切変えられないわけではありません。一定のルールに沿った改定であれば、改定の前後それぞれの期間で同額であれば、定期同額給与として扱われます。その改定時期を定めているのが、法人税法施行令第69条第1項第一号です。
同号イは、損金算入が認められる通常の改定として、「当該事業年度開始の日の属する会計期間…開始の日から三月…を経過する日…までにされた定期給与の額の改定」を挙げています。つまり、事業年度(会計期間)が始まってから原則として3か月以内に行う定時の改定であれば、改定前は旧額で同額、改定後は新額で同額、という形で、全体として定期同額給与の枠内に収まります。多くの医療法人で、決算後の社員総会・理事会のタイミングに合わせて報酬を見直すのは、この3か月以内の改定を念頭に置いたものです。
もっとも、税法上の3か月要件を満たせばそれだけで足りるわけではありません。報酬の改定は、社員総会・理事会など法人内部で必要な決議を経て、議事録や報酬規程といった記録として残しておくことが前提になります。手続と記録が伴っていないと、後から改定の事実や金額を説明することが難しくなるため、形式・実態の両面を整えておくことが大切です。
一方、この3か月の期間を過ぎてから報酬を増額する、いわゆる期中増額は、それ自体は原則として定期同額給与に当たらず、増額した部分が損金不算入とされるおそれがあります。ただし「期の途中だから一切認められない」というわけではありません。施行令第69条第1項第一号は、例外として、役員の職制上の地位の変更や職務内容の重大な変更といった「臨時改定事由」による改定(ロ)や、経営状況が著しく悪化したことなどによる「業績悪化改定事由」による減額改定(ハ)を定めています。役員の地位・職務に重大な変更があった場合などは、期中であっても改定が認められる余地があります。
注意したいのは、業績悪化改定事由(ハ)が「その定期給与の額を減額した改定に限り」とされている点です。これは減額に限られ、業績悪化を理由とする増額は想定されていません。また、一般に、一時的な資金繰りの都合や、単に業績目標値に届かなかったといった事情だけでは、この業績悪化改定事由には当たらないと整理されています。
したがって、「今期は利益が出そうだから期の途中で報酬を上げよう」という発想は、臨時改定事由などの特別な事情がない限り、定期同額給与の枠組みと相性が良くありません。報酬の見直しは、原則として事業年度開始から3か月以内の定時改定で行う、という段取りを基本に据えておくのが安全です。改定の可否や時期、各事由への該当性は事実関係により異なるため、個別の判断は専門家にご確認ください。
過大役員給与 — 「不相当に高額な部分」は損金不算入
定期同額給与の形式を整えても、もう一つのハードルが残ります。金額が職務の対価として高すぎないか、という点です。法人税法第34条第2項は、「内国法人がその役員に対して支給する給与…の額のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。」と定めています。
ここでいう「不相当に高額な部分」の判定基準を定めているのが、法人税法施行令第70条第一号イです。同号イは、役員に支給した給与の額が、「当該役員の職務の内容、その内国法人の収益及びその使用人に対する給与の支給の状況、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する給与の支給の状況等に照らし、当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」を、損金不算入の対象としています。
これは一般に「実質基準」と呼ばれます。役員の職務の内容、法人の収益、従業員への給与の支給状況、そして同種・同規模の医療法人の役員報酬の水準といった要素に照らして、対価として相当な範囲を超える部分があれば、その超過分が否認される、という考え方です。
これに加えて、同条第一号ロは、定款の定めや社員総会の決議で役員給与の限度額等を定めている場合に、その限度額を超えて支給した部分を損金不算入とする旨を定めています。こちらは一般に「形式基準」と呼ばれ、定款・総会決議で定めた支給限度を超えていないか、という形式面のチェックです。
整理すると、過大役員給与の否認には二つの入口があります。一つは、定款・総会決議の限度額を超えていないかという形式基準。もう一つは、限度額の範囲内であっても、職務の対価として実質的に高すぎないかという実質基準です。形式を整えていても実質基準で否認されることはありうるため、「総会で決めた範囲内だから大丈夫」とは言い切れない点に注意が必要です。
なお、医療法人の理事長・院長は、診療という本業に加えて経営全般を担っており、その職務の実態は法人によってさまざまです。同種・同規模法人の水準といっても、診療科、地域、収益規模、常勤医師の人数、理事長の診療・経営への関与度、分院の有無、借入金の個人保証の状況などによって事情は大きく異なります。そのため、「同業の平均より高いから直ちに否認される」とも、「黒字で支払えるなら高額でも問題ない」とも言い切れません。報酬が相当かどうかは、こうした職務の実態と法人の規模・収益、同規模法人の水準などを総合して判断されるため、一律の金額基準があるわけではなく、最終的には個別判定が必要になります。
親族を役員にする場合 — 同族色の強い医療法人の留意点
医療法人では、理事長の配偶者や子などの親族を理事に就け、役員報酬を支給しているケースが少なくありません。家族で運営する医療法人では自然な形ですが、税務上は、その親族役員の報酬についても、これまで見てきた定期同額給与・過大役員給与のルールがそのまま当てはまります。
ここで誤解しないでおきたいのは、親族を役員にすること自体は問題ではない(むしろ普通のこと)、という点です。問題は、その役員の勤務の実態・職務の内容・責任と、支給している報酬水準とが対応しているかどうかにあります。施行令第70条第一号イが求めるのは「当該役員の職務に対する対価として相当であると認められる金額」ですから、判定の前提として、その親族役員が実際にどのような職務に従事しているかが問われます。勤務の実態が乏しいにもかかわらず高額の報酬を支給している場合、その役員の職務に対する対価としての相当性が認められず、超過部分が過大役員給与として否認されるリスクが高まります。親族役員は、第三者の従業員に比べて職務内容や勤務実態を示す資料が不足しがちで、その点が説明の弱点になりやすい、と整理するのが正確です。
したがって、親族を役員とする場合は、報酬の金額だけでなく、(1)その役員が実際に従事している職務の内容、(2)勤務の実態を裏づける記録、(3)職務に見合った報酬水準になっているか、を説明できるように整えておくことが大切です。形式的に役員に就けて報酬を支給するのではなく、職務の実態と報酬が対応している状態にしておくことが、否認リスクを下げる方向に働きます。実態の評価は事案ごとに異なるため、判断に迷う場合は個別に確認することをおすすめします。
まとめ
この記事では、医療法人の役員報酬・院長給与をめぐる税務上の論点を整理してきました。要点は次のとおりです。(1)医療法人は剰余金の配当が禁止されているため、利益を理事長個人へ還元する経路が役員報酬・退職金中心になり、報酬の適正性が問われやすい構造にあること。(2)役員報酬を損金に算入するには、毎月同額の定期同額給与であることが原則で、改定は事業年度開始から原則3か月以内の定時改定で行うのが基本であること。(3)定期同額の形式を満たしても、職務の対価として不相当に高額な部分は、実質基準・形式基準により損金不算入とされうること。(4)親族を役員とする場合は、勤務の実態と報酬水準の対応を説明できるようにしておくこと。
役員報酬には「この金額なら絶対に安全」という一律の正解はありません。法人の規模・収益、職務の実態、同規模法人の水準などをふまえ、毎期の定時改定のなかで、損金算入の形式と金額の相当性の両面から組み立てていくことになります。判断に迷う論点は、断定せずに専門家に確認しながら進めることをおすすめします。
なお、退任時にまとまった金額を支給する役員退職金は、在任中の役員報酬とは別の論点があり、過大退職給与の判定基準(施行令第70条第二号)も定められています。これについては別記事『医療法人の役員退職金 — 適正額の考え方と過大退職給与の否認リスク』で扱います。また、役員報酬や親族役員の勤務実態は、税務調査でも確認されやすいポイントです。調査で確認されやすい点の全体像は、別記事『医療機関の税務調査で確認されやすいポイント』をあわせてご覧ください。
※本記事は2026年6月時点の情報に基づく一般的な情報提供であり、個別の適用は事実関係により異なります。最新の法令・通達は国税庁HP・厚生労働省HP等でご確認ください。
根拠資料(2026年6月23日確認)
法人税法第34条第1項(役員給与の損金不算入/定期同額給与) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034
法人税法第34条第2項(不相当に高額な部分の損金不算入) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034
法人税法施行令第69条第1項第一号(定期同額給与の範囲/改定時期=会計期間開始から原則3月以内) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000097
法人税法施行令第70条第一号(過大役員給与の額/実質基準・形式基準) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000097
(二次情報)医療法第54条(剰余金配当の禁止) e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205 、大阪府「剰余金配当の禁止と役員の報酬等」 https://www.pref.osaka.lg.jp/o100020/iryo/hojin/joyokin.html
