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SNSでブロックされたとき、相手は何から逃げているのか

先日、ある人にFacebookをブロックされていることに気づいた。
明確に気づいたのはこれで2人目。


どちらも
何も仕事で関わっていて、どちらかといえば
私が「お世話」をした方だ。


感謝されたとしても
ブロックされる言われはない。


とはいえ、自分というものは見えないに等しい。
知らず知らずに善かれが負担に変換されてることもあれば
好意が不快感に変わっている場合もある。



真相を突き止めるつもりはないし
多分私がブロックされてることに気づいてることにも
多分相手は気づいてないだろうし
この話をこれ以上相手とすり合わせるつもりもないが
事象として面白いので
個人的に掘り下げてみることにした。


まぁ、ブロックされたとあれば
通常は「傷つく」。
拒否されたのだから、人格否定と捉える場合もあるだろう。
存在否定や、拒絶というところまで
意味合いが広がることだってある。


つまり、「ブロック」というたった一つのボタンで


金輪際あなたとは一切縁を切ります。
私の人生に関わらないでください。


みたいな宣言だったりもする。



ブロックという抽象度の高いアクションには
実にさまざまな意味や意図が内包されていて
そこから引き出す具体は
多分人それぞれ違うし
受け取る意味も違うと思う。



そして私は普通にイラッとした。

上等じゃい💢


多分通常反応としては
ブロックされると、「嫌われた」と大半はおもうだろう。

そしてこれを読んでくれてるあなたも
「ブロックされた」ことがあったか
もしくは「ブロックされた」人が周りにいるか
はたまた「ブロックした方」でそのことに
胸を痛めたことがあるのかもしれない。


実際、それが理由の場合もあるとおもうが
でも本当にそれだけだろうか。


人が誰かをブロックする理由は意外と多い。

怒っている。
嫌っている。
関わりたくない。

もちろんそれもある。


でも他にも「逃げ」を理由にしていることも
あるのではなかろうか?

臭いものに蓋。

申し訳なさを感じたくない。
過去を思い出したくない。
説明するエネルギーがない。
気まずさから逃げたい。
自分の弱さを見たくない。

相手と向き合うことができずに
人生から簡単に排除することを選択。


SNSのブロックという機能は、
関係性の濃淡に関係なく、
一瞬で相手を視界から消すことができる。
便利な反面、人間関係を極めて短時間で
処理できてしまう機能でもある。


関係性にもよるが
少なくとも冒頭に伝えた二人に限っては
簡単に蓋をされるような付き合いはしてないはずだ。


なのになぜ?
普通に傷つくし、モヤモヤする。



しかし、フラットにみてみると

「もうこっちくんな💢」的に
攻撃的な意味合いをもつブロックもあれば


自分の中に湧いてくる感情から距離を取るための
防御だったり、バリア行為
であることもある。

罪悪感。
後ろめたさ。
気まずさ。
不安。
嫉妬。
ひがみやっかみ。


その人を見ることで自分の中から湧き上がってくる
アレルギーのような感情反応に対応できなくて
蓋をし、逃げているのかもしれない。


とすると

「私は何をしたんだろう」説と
「相手は何から逃げたかったのだろう?」説が浮上する。


もちろん本当の理由は本人にしか分からない。
もしかしたら単純に嫌われただけかもしれない。


だけどそれではないかもしれない。



相手が抱え切れなくなった感情を処理するためだったり
相手が向き合わなくていい選択をするためだったり
ブロックの意図には実にたくさんの意味が含まれていると思う。


そう。何が言いたかったか?



ブロック=嫌われた


ではないよ。ってこと。


嫌われたのかもしれないし、
怖かったのかもしれないし、
気まずかったのかもしれないし、
向き合えなかったのかもしれない。


でも「なんでブロックしたん?」って
聞けるもんなら聞いてみたい。



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