承認欲求なきシミ取り論
最近もっぱら私の脳内を占領している問題がある。
右頬の「シミ」だ
若い頃からずいぶんと紫外線には気をつけてきた。
もちろん子供の頃は夏になると
海や山で遊びまわって
くっきりと日焼けの跡がついたりもしたが
20歳を過ぎてからは
周りに美意識の高いお姉さんたちがいた影響もあり
かなり気をつけてはいたのだ。
なのに
シミができた。
よく勘違いされるのだが
若く思われたい!とか
肌が綺麗だと思われたい!とか
美魔女みたいになりたい!とか
そういうのは毛頭ないし
望んでもいない。
他人はどうでもいい。
ただ自分の美意識として
急須に茶渋がついてると気になるように
真っ白なお皿が汚れていると気になるように
白いワイシャツにシミがついてると気になるように
ただ気になって仕方がないというだけなのだ。
そう、自分の管理下にあるべき空間に紛れ込んだ
ノイズ(汚れ)とも言えるかもしれない。
私は人生における
シミを作らないプロジェクトをしくじったのだ。
ここは挽回せねばならない。
鈴木その子に続け。
肌トラブルにはあまり縁がなかった私だけれど
干支が4回まわったあたりから
色々と肌のことが気になり始めてきた。
ここでもし他人にこの悩みを漏らしたとしたら
他の人に比べたら綺麗よ〜とか
年齢の割にはすごくコンディションがいいわよ〜とか
そんなのシミのうちに入らないわよ〜とか
全然求めてない
頓珍漢な答えが返ってくるので
絶対に他人には言わない。
他人などどうでもいい
比べるものでもない
私が嫌だと思っているんだから
それが全てなのだ。
かと言って、歳をとることには抵抗はない。
もちろん若い頃とはまったく
鏡に映る自分は違っている。
もっと釣り上がっていたような気がする目も
今はたぬきのように
目は垂れて穏やかな顔相になっている。
ちゃんと歳はとっているんだと
認識できるのだけれど
そこに嘆いてはいない。
ただ、シミは美しくない。
あんなに紫外線に気をつけてたのに
という自分の努力が無碍にされた感覚と共に
嘆きしかやってこない。
シミ取りをさっさとすればいいような気もするけど
こんな時に持ち前の
疑り深い性格が邪魔をする。
紹介もなしにいって
下手くそな新人が担当になったらどうする?とか
結局シミが取れなかったらどうする?とか
いろんな想像が頭を駆け巡る。
くっそー
八方塞がりじゃないか。
シミ取りしたい、
キレイでいたい、
という言葉をよく巷では見かけるが
多分根本の欲求はまるで違うと思う。
モテたいわけでもないし
同窓会でチヤホヤされたいわけでもないし
羨ましがられたいわけでもないし
夫を見返したいわけでもないし
友達に一目置かれたいわけでもないし
何度もいうが他人はどうでもいいのだ。
本当にどうでもいい。
他人からどう思われるかのそのために
一瞬のその刹那的な場面のために
なぜ私が動かねばならぬのだ。
心底どうでもいい。
あーシミとりたい。
いいシミ取りドクターに
奇跡的に出会わないかな〜
しかも良心的な金額で施術してくれるクリニックに。
