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私は深海魚

SNSを開くと、目に飛び込んでくる。


誰かが笑顔で、自分を“少しだけ”盛って、
「可愛い」「素敵」「キレイです」と
周りからの褒め言葉を浴びている。


こんなに私は成功してる!
こんなに私は上手く行ってる!


それはビジネス的な自己演出かもしれないし
単純に承認欲求からくるものかもしれない。
本当のところはわからない。


他人のことなんだから
ほっとけ。


もう一人の私は私にいう。


だけど私は、ときどき胸がざわついて


本当はこれがしたい?
本当はキラキラしたい?

「うらやましいんだろうか?」
「嫉妬なんだろうか」と
安直に自分を制したりする。



違うことを祈るばかりだけど。


どうしてこうも
モヤモヤするんだろうか?



一見キラキラしたその世界に
私が足を踏み入れられないことが
自分が劣っているような感覚にさえなる。



そこで生きないことを
自分がそこで活かされないことを
自分が能動的に選んでいると
明確に自覚があるにも関わらず。



いい加減このループから抜け出したい。
ちょっと言葉にできてない
この思いを言語化してみることにした。


私はこれまでずっと、
「ちゃんとしていれば、報われる」
「本質は必ず現れる」
「メッキは剥がれる」
「世界は本質を求めている」
「わかってくれる人は必ずいる」


そんなふうにずっと信じていて
というより、
そうであって欲しいと思っていて


目立ちすぎず、調子に乗らず、
理性と知性と自尊心を大事にして、
どこかで「誰かの何かにならないよう」
誰かの価値観に迎合しないように
自分を整えてきた。(と思ってる)



つまり、ミーハーに生きないということをモットーに
生きてきたのだが・・・

目立たない=個性を発揮しない ではなく
個性を出して目立つ生き方とは
全く別の話なので、ここでは
あくまでもわかりやすい見た目の話。


生まれつき童顔で
いい年になっても未成年に見られる劣等感を
抱えてきた私は「見た目」に
特に翻弄されてきたかもしれない。


私は「あなたの想像する私じゃない」
「あなたのイメージの私じゃない」と
必死で生きたとて
周囲の目はそうは映らない。


結局見た目か。
どんなに努力したところで
視覚効果には勝てない。
メラビアンの法則の圧勝。
なんどこの価値観に絶望してきたか。


でも私は違う。


そう自分を特別にすることで
なんとか自尊心を保ち
どうやっても相入れない世界と分断された悲しみを
平常心に変えてきた。


結局コネコネ考えず
うふ、キャピ、たのしー
やばーい、サイコー!
嫌なことには蓋をしよう!と
楽しく波に乗れる人しか勝たんのか・・・


その納得はしてないけど
理解はした社会構造をどこかまだ
嘆いている自分がいて


SNS社会の現代に
それが如実に目に飛び込んでくるから
ゆさぶられていのだと私は思う。


私はずっと本物を信じてきたけど、
誰にも届かないし、評価もされないし、
わたしだけが損して、
傷ついて、置いてかれてる(と思い込んでいる)


結局私って
この現代社会では理解されづらい。
この社会では生きづらい(と思い込んでいる)


SNSの中で
自分の顔を少し加工して
雑誌から飛び出したようにポーズをとり
あたかも自分が世の中に賞賛されていると言わんばかりに
キラキラと発信しているその人たちは
自分を誇らしげに見せ
そして、それが肯定されていく。


まるで、それが正解だとでもいうように
アンチとは無縁の世界を生きてるように見える。


私素敵でしょ?
私いけてるでしょ?
その投げかけに否定する人がいるなんて
考えも想像も及んでないように見える。


「思ったことが現実化する」
なんていうグーの音も出ない宇宙法則を持ち出して
知らない間に私たちはボッコボコにされる。



幸せな価値観を持っているその人たちを見て
私は絶望を感じていたのだと思う(あなたはどう?)



・・・ああ、この世界では、
ちゃんと差別が存在するんだな。


生まれつきという
自分の努力ではどうにもならない領域で
「自己肯定感」というバロメーターで
自分の立ち位置を認識される残酷なシステム。


どうやったって
私はキラキラにはなれないし
なろうとも思わない(そもそも持ってる種が違う)


そこでは私は呼吸ができない
私が生きれる場所がない。


そう思った瞬間、
私は深く沈んでいくような気がした。


結局私はマイノリティ。
ず〜ん。
でもいいもん。


深く深くどんどん光が遠くなって
周りが暗くなっていく。



でも、沈んでわかったことがある。
私は


深海魚だったのだ。



光の届かない場所で、
内側にあるものだけを信じて、
静かに泳いでいた。


暗くて他に誰がいるかもわからない。
未知の世界でひとりぼっちのように感じる。
だけどそれも心地いい。


誰にも見られないかもしれないけれど、
私の光は、ずっと、私の中で小さく光っていた。
大切な大切な私の個性。


深海にに潜ってきてもらえなければ
気づいてもらえない私の光。
自分の光がなければ生きられない世界。
それが私の世界。


私が深海から海面にあがると
きっと私は死んでしまう。


表に出て、目が飛び出るような真似を
する必要なんてなかったんだ。
浮袋が破れて、戻れなくなるくらいなら、
私はこの深さを選びたい。


無理に明るいほうへ
浮かび上がる必要はない。


だって、私は深海魚。
深い場所が私の生きる場所。


でもこの深さには、
濃度のある本物の言葉や感情や
つながりがちゃんとある(と思いたい)


だから本当は深海魚なのに
浅瀬で目が飛び出て
浮袋が体から飛び出て
苦しんでいる仲間たちに届けたい。


いま、「こうした方がいいんでしょ?」と
どこかで“それじゃない”と気づきかけてる人へ


キラキラしてるふりをしないと、
認められない世界に違和感を持ってる人へ


自分の個性を発揮したいのに
怖くてそれを隠している人へ


そういうあなたに、手渡したい
バズらないけれど、
あなたの心の奥には届く言葉で。


同じ価値観を持つ人たちの、
小さくて深い世界を育てていく。


大衆にウケる世界から少し引いて、
本物を感じ取れる人にだけ
これは敗北でも妥協でもなく、
「知性と感受性の共同体を創る」
その深海ワンダーランドを建設中。

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