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二十日大根になろうとしていた柿の話

先日父と母に
産んでくれてありがとう
育ててくれてありがとう
こう言えた。


お嫁に行く時すら
まともに挨拶しなかった私なのに。


50歳を近くに私に何が起きたのか?
振り返ってみるとこんなことを沸々と思い出していた。



自分を生きるということ
自分を生きるというのは、
誰かに理解されることだけではない。

どんなに意味を込めて選択した道であっても、
外から見れば自分の想像外の印象を持たれることもある。



怠け者、異端者、変わり者、甘えてる、逃げている



その視線や言葉にさらされると、
理解されない苦しさがじわじわと心に広がっていく。

誰も分かってくれないような孤独の中で、
自分の選択が本当に正しいのか、不安がよぎる瞬間がある。


子供の私は親の価値観が絶対で
自分から湧いてきた美しい価値観を
無視しまくったおかげで体も心も壊したことがある。


「桃栗三年柿八年」というが、
本当は柿のように時間をかけて熟していく自分が、
二十日大根のようにすぐ成果を出そうと
周りの期待に答えていたら、そりゃ苦しくて仕方がないだろう。
体も心も壊すに決まってる。

本来の自分ではなく
他者の期待を生きることが、この上なく自分を壊すことの例え


さらにこれだけ生きてきてわかったこともある。


やってみても、思った通りに進まないこともある。
何もうまくいかない日々に、
胸の奥で悶絶するような焦りや絶望感を抱えることもある。


理解者という見方が皆無だと思ったあの孤独感。


それでも


その逆風の中で、自分のペースを守り、
信じた方向へ歩き続けられるかどうか。
そこに、本当の強さが試されるのだと思う。


理解されないことも、孤独も、愛情も、逆風も。
もちろん、時々現れる絶対的な味方や応援者や仲間。
ぜんぶひっくるめて「自分を生きる」ということなのだ。



先日、自分の誕生日を迎えて、
自然と母に「産んでくれてありがとう」と言えた自分がいた。
数年前の自分なら考えられないような心境の変化だった。


かつては感謝の気持ちすらわいてこなかった。
それは私が子どもの頃からずっと、
母の期待に応えて生きてきたからかもしれない。


失敗を極度に恐れ、挑戦することよりも、
自分のできる範囲ばかりを選んできた。
そんな自分への不甲斐なさや失望感、絶望感
それらがすべて、
感謝の芽を摘み取っていたのかもしれない。



社会人になってすぐ、
私は半年も持たずにドロップアウトしてしまった。
体調不良で、とても会社に通えるような状況ではなくなったのだ。



私にとってそれは、一旦立ち止まって自分を見つめ直す時間だった。
自分に何が向いているのか、
何が得意なのか
それを一生懸命に探りたかった。


けれど母にとっては、私が「人生のレールから外れた」
というふうにしか見えなかった。
とにかく社会復帰を急ぐように言われた。



結局、半年以上を「職なし」で過ごすことになった。


両親からは何の理解も示されず、
私はただの怠け者という烙印を押されながら、
心の中でもがき苦しんでいた。
その苦しさを理解されないことが、何より辛かった。
今でも、その頃の恨みは心の奥に残っているかもしれない。

いや、ないな。


何もしなかったあの時期。
ゲームしかすることがなくて
本当に泥を食いながら(食べてないけど)、
泣きながら過ごしていた日々が、今では懐かしい。



仕事をせず家に数ヶ月いたことで分かったこともある。


何もしないということは、私の性には合っていなかった。
それがただただ辛かった。
1ヶ月を過ぎる頃にはもう、休むことに飽きて、
何かをしたいという気持ちが芽生えてきていた。


「私は何がしたいんだろう」


毎日そんな自問自答を繰り返しながら出会ったのが、
今の仕事グラフィックデザインだった。


会社に勤めることができなかった私は
フリーランスという働き方を選択したとき、
これまた両親には理解されなかった。


でも私は、その道を歩むことを決めた。


そして約25年以上が経った今、
ようやく母も父も、私という個性を
丸ごと受け止めてくれるようになった。
だから私は自然と、親に感謝ができるような
気持ちになってきたのかもしれない。



先日の誕生日の
「産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとう」という言葉が、
すんなりと素直に、本当に心から出てきた。
それが、自分の変化の何よりの証拠だった。



自分を生きるということは、
他人に理解されることなく生きるということにも近いかもしれない。


いや、正確には支持者が誰もいなくても
それを選ぶか?という
究極の選択を迫られても選べるか?かも。



満場一致で自分に賛成してくれる環境なんて、多分きっとない。
応援は、自分を生きて一生懸命進む姿に
共感してくれる人から生まれる。


その過程では、理解されない絶望感を抱えることもある。
それでも「理解されたい」という思いを手放さず、
希望を持って願いを形にしようとする。
その在り方に、人は心を動かされるのだと思う。


初めは誰も理解を示さないし、
懐疑的な態度を取られることが予想される。
そこがデフォルトなのかもしれない。


けれども、外部からの雑音で
自分を諦めなくてよかったなと、今は思える。
そしてなんだかんだ言いながらも、
家族は私のことを応援してくれているんだなと、今は思えている。
自分を生きるということは、
他人に理解されなくても軸を保ち続けることと同時に、
理解されようとする歩み寄りをあきらめないことでもある。



時間をかけて熟した柿のように、
私もようやく、自分という果実の甘さを
味わえるようになったのかもしれない。



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