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留年した大学生がプロになるまで〜野球歴〜

プロ野球選手になる。
小学生で野球を初めてからずっと目標であり、夢でした。
そんな夢に挑戦できる日が着々と近づいてきています。
今現在私は、大学三年生ですが、大学野球は四年目で最後の秋リーグ戦まで1ケ月を切っています。
そんな留年無双がプロ野球の世界に挑戦する過程をこのnoteで発信していきたいと思います。

野球歴

少年野球

小学一年生のころに野球を始めました。
小学生のころは周りの友達よりも体が大きく、野球も上手でした。
そのため、チームの中でエースと4番を担っていました。
チームもそれなりに強く、県大会で優勝したり、関東大会に出場したりすることができました。
このころは自分は野球が上手だと思い込んでおり、絶対にプロ野球選手になれると思っていました。

中学野球

少年野球でつけた自信があったため、中学校の軟式の部活ではなく、硬式のクラブチームに入部しました。
入部当初は同級生が25人以上いて、すごい環境に入ってしまったなという印象を受けました。努力を重ねた結果、中学二年生のころには一つ上の代でも4番を任せてもらうまでに成長しました。
しかし、周囲の成長スピードについていけず、自分たちの代で控えにまわることが多くなりました。
このころに初めて野球での挫折を経験しました。
中学野球の終わりころには、プロ野球選手という夢ははるか遠くにあるように感じていました。
中学生のころは勉強がそれなりにできたため、私立高校からの推薦の話を蹴って、公立高校に受験をしました。

高校野球

高校入学してすぐ、なんの自信かわかりませんが「たいしたことないな」と思いました。練習は中学の時の方がキツく、周りのレベルも中学の方が高かったためすぐスタメンをとれると思っていました。
しかし、高校野球の世界はそんなに甘くはありませんでした。監督の圧がすごく、練習では監督にバレないように後ろの方に逃げたり、試合では監督の逆の方に行ったりととにかく目立たないようにしていました。そんな選手が下級生のうちから試合に出れるわけもなく、下級生の頃は基本的にBチームで過ごしてました。
先輩が抜けて最上級生になったとき、少し意識が変わりました。今までは先輩の陰に隠れて怒られないように目立たないように野球していましたが、自分たちの代になると自分がチームを引っ張るという意識が芽生えてきました。
その結果、4番を任される選手になりました。
しかし、調子の波が激しく調子の良いときは4番で、調子の悪いときはスタメンから外されるそんな選手でした。
結局最後の夏もスタメンをとることはできず、代打の1打席だけで終わってしまいました。
そんな悔しさを抱えたまま、大学受験に挑みました。

大学野球

入学前は大学野球をやるかどうか迷っていました。私は勉強が好きではないので、どうしても入りたい野球部があった高校時代と違い大学受験を一生懸命頑張ることができませんでした。
そのため、第一志望の学科には受からず妥協して別の学科で第一志望の大学に入学しました。
野球が大好きな留年無双は結局野球からは離れず、気がついたときには野球部に入部が決まっていました。
大学野球は高校野球に比べて、レベルも低く意識も低かったため、自分は1年春からリーグ戦に出場させていただき、ヒットを放つこともできました。
その後もリーグ戦にほぼフル出場し、それなりに結果を残すことができました。
しかし、大学野球でまだできていないことがあります。それはリーグ戦優勝とタイトル獲得です。
大学野球選手全員が目指しているものであり、自分もその1人です。そのため、最後のリーグ戦では絶対にリーグ戦優勝とタイトル獲得という目標を果たしたいと思います。

最後に

小学1年生のときから始めた野球も今年で16年目になります。留年無双の人生のほとんどを費やしてきた野球。まだ何者でもないただの留年大学生ではありますが、プロ野球選手になるという小さい頃からの大きな夢を叶えるため日々全力で生活しています。
そんな留年無双の応援をどうかよろしくお願いいたします。
一緒に成長していきましょう!

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