観光客の知らない「バックヤード」──東京スカイツリーは「巨大な科学実験室」だった! (元教授、定年退職868日目)
五重塔からスカイツリーへ
10 日ほど前、日本特有の「柱」の一つとして、法華経寺五重塔の「心柱」について書かせていただきました。塔の中心にある心柱には、近世の宮大工が到達した「宙吊り式」という驚くべき工法が用いられ、塔の外周部分とは固定されず、数十センチの隙間が設けられていました。これにより、地震の際に塔身と心柱が同時に揺れて共振することを避け、それぞれが異なる揺れ方をすることで地震のエネルギーを分散させます。さらに驚いたのが、その考え方が現代の東京スカイツリーの「心柱制振」にも受け継がれていることでした。今回、NHK『ザ・バックヤード』で「東京スカイツリー」が特集され、その心柱構造を初めて映像で見ることができました。(下写真もどうぞ)

<追記1> 私は高所恐怖症ということもあり、高い所はあまり好きではありません。ところが以前、海外からのお客様を案内することになり、一度だけ東京スカイツリーに登らされたことがあります。1階の「ソラマチ商店街」では雄弁だった私が、スカイツリーに登った途端に無口になり、彼らから怪訝な顔をされたことを覚えています(笑)。ちなみに今回も、映像を見ているだけで「ゾクッ」としてしまいました。
現代に息づく「心柱」と奇跡の制振テクノロジー
スカイツリーの中央部を高さ 375 メートルにわたって直立して貫いているのが、直径約8メートル、総重量約1万トンの鉄筋コンクリート製の中空円筒構造物「心柱」です。この心柱は、地上から高さ 125 メートルまでの「固定域」と、125 メートルから 375 メートルまでの「可動域」に分けて設計されています。地上の基礎底部では6カ所に大きな積層ゴムが設けられ、地震時の心柱への損傷を抑える構造になっています。大地震や強風に見舞われた際、鉄骨製のタワー本体と、剛性の高いコンクリート製の心柱とでは固有振動周期が異なります。そのため、遅れてゆっくりと揺れる心柱が逆位相の巨大な「振り子」のように働き、互いの揺れを打ち消します。これによって、タワー全体の揺れを最大で 50%、強風時には約 30% 低減できるそうです。万が一の災害時にも電波塔として人々に情報を届け続けられるよう、スカイツリーはこうした最先端技術によって支えられていました。(下写真もどうぞ)

<追記2> この心柱制振の有効性は、2011 年の東日本大震災によって、意図せず実証されました。当時、スカイツリーは地上約 620 メートルまで到達し、ゲイン塔のリフトアップ作業の真っ最中でした。しかも心柱は築造途中で、制振用オイルダンパーもまだ取り付けられていないという、構造的には極めて厳しいタイミングだったそうです。それでも地震による構造体の損傷や永久変形は生じませんでした。まさに未完成状態での極限実証となりましたが、設計技術と安全管理の確かさを示す結果となったのです。
スカイツリーは時間が早く進む?
さらに番組では、「東京スカイツリー」だからこそ可能になった、いくつもの科学実験が紹介されていました。その中で、個人的に最も興味を持ったのが、アインシュタインの一般相対性理論を実証する実験です。一般相対性理論によれば、重力の強い場所、つまり地球の中心に近い地表ほど時間は遅く進み、重力の弱い高所ほど時間はわずかに速く進むとされます。東京大学の香取秀俊先生らは、100 億年に1秒程度しか狂わないという超高精度の「光格子時計」を用いて、この現象を実際に測定しました。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

東京スカイツリーで実証されたアインシュタインの相対性理論
実験では、光格子時計を1階と地上 450 メートルの天望回廊に設置し、光ファイバーで接続して周波数を比較したところ、上空の時計の方が1日に約4ナノ秒早く進んでいることが実測されました。これによって、日常的な高低差の範囲でも、一般相対性理論による時間の進み方の違いを実際に観測できたのです。私には最初、これが何に応用できるのかよくわかりませんでしたが、調べてみると、設置場所の重力や標高のわずかな変化を直接測定する「相対論的センサ」としての応用が期待されているそうです。つまり、地盤の膨張や隆起、プレート境界における歪みの蓄積といった上下方向の地殻変動を常時監視する、次世代の防災インフラにつながる可能性があります。将来的には、大型構造物の微小な変形や地盤の伸縮まで常時モニタリングできるようになるかもしれません。
年間平均 10 回の落雷を「データ」に変える
さらに、スカイツリーでなければできない研究として、雷や雲、都市の温室効果ガスなどの観測も紹介されました。たとえば、スカイツリーは周囲の建物に比べて突出して高いため、年間平均 10 回ほど直撃雷を受けるそうです。雲から地上へ向かう一般的な「下向き雷」だけでなく、スカイツリー頂部から雷雲へ向かって放電が伸びていく「上向き雷」も多く発生します。実は雷研究では、長い間、スイスのサン・サルヴァトーレ山頂で約 50 年前に得られたデータなどに頼っていたそうです。そこでスカイツリーの地上 497 メートル地点には、雷電流を直接測定する「ロゴスキーコイル」が設置されました。ここで捉えられた電流データはすぐに光信号へ変換され、光ファイバーを通じて測定室に送られ蓄積されます。さらに、ハイスピードカメラによる放電経路の3次元可視化や、建物内部を流れる雷電流の波形解析などと組み合わせることで、都市インフラや高層ビルの、より合理的で強固な防雷設計への応用が進められているそうです。(下写真もどうぞ)

バックヤードは「科学の要塞」だった
展望台よりさらに上にあたる地上 458 メートル付近には、雲粒計やエアロゾルサンプラーなどの観測装置が設置されています。スカイツリーが雲に包まれた瞬間、地上にいながら雲の内部を直接サンプリングし、雲粒の粒径分布や数濃度などを連続的に測定できるのです。こうした観測から、大都市由来のエアロゾルが、通常よりも小さく密集した雲粒を形成することなどが明らかになりました。雲内部を直接観測して得られたデータは、従来の雨雲レーダーをさらに発展させた「雲レーダー」の予測シミュレーション精度向上にも役立っているそうです。(下写真もどうぞ)

また、国立環境研究所などの研究チームは、地上 250 メートル地点に大気観測用の測定室を設置し、二酸化炭素、メタン、一酸化炭素などを 24 時間リアルタイムで連続観測しています。さらに採取した空気を詳しく解析することで、化石燃料の燃焼に由来する二酸化炭素と、生物の呼吸などに由来する二酸化炭素を区別し、都市の大気を詳細に監視するシステムとしての有効性も検証されています。(上写真もどうぞ)
東京スカイツリーは、その圧倒的な「高さ」と「最先端の建築技術」を最大限に活用し、数多くの画期的な研究成果を生み出していました。華やかな観光名所の姿の「バックヤード」では、新たな科学の扉を開く巨大な実験場としての役割を担っていたのです。ただ個人的には、その素晴らしさは地上から眺めるだけで十分です。もう一度登るのだけは、ご勘弁願いたいところです・・・(笑)。
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注1: NHK『ザ・バックヤード』の特集「東京スカイツリー」より
