唐辛子は汗をかくのに、わさびはかかない?──植物のサバイバル戦略から読み解くスパイスの不思議 @チコちゃん (元教授、定年退職716日目)
蕎麦好きが迫る「香辛料」
以前にもご紹介したことがありますが、私はかなりの「蕎麦っ食い」で、冷たいそばも温かいそばも大好きです。ただ、両者では添えられる香辛料が少し異なります。温かいそばには、花巻そばを除けば七味唐辛子が定番で、冷たいそばにはやはり わさび でしょう(追記1)。あるとき、食通の友人から「良いわさびなら、つゆに溶かさず、そばに少しずつのせて食べると美味しい」と教わったことがあります。実際にその通りにしてみると、わさびの風味もそばそのものの味も、よりはっきりと感じられました(追記2)。さらに「食べ始める前に、そばをまず一本だけ何もつけずに味わってみて」と勧められたこともあります。これもまた、そばそのものの香りや甘みがよくわかる、なかなか面白い体験でした。
<追記1> 花巻そばは温かいそばですが、たっぷりの海苔を散らし、わさびを添えるのが特徴です。私はいつも、その二つを多めにお願いし、出汁に溶かしながらいただいています。ちなみに、京都・吉田神社の節分祭の際にいただける河道屋の年越し蕎麦も、花巻風に海苔とわさびを添えたものでした。ただ、コロナ禍の時期には中止になったと聞き、残念に思っていました。山秀の恵方巻きとともに復活していることを願いつつ調べてみたところ、今年は5年ぶりに復活していたそうで、うれしくなりました。
<追記2> 蕎麦ではなく刺身の話になりますが、稀代の美食家・北大路魯山人は、刺身を食べる際、わさびを醤油に溶かすのではなく、刺身の上に適量を直接のせ、その上で醤油を少しだけつけて口に運ぶ方法を勧めていました。こうすると、まずわさびの香りが立ち、その後に醤油の塩味と魚の旨味が重なるという、時間差のある味覚体験が生まれるそうです。
『チコちゃんに叱られる』で知る、唐辛子で汗が出る理由
今回は、この唐辛子とわさびにまつわる話題です。先日、NHK『チコちゃんに叱られる』で「唐辛子を食べると汗をかくのに、わさびだとなぜ汗をかかないの?」というテーマを視聴しました。私はどちらも日頃よく口にしているにもかかわらず、その理由をきちんと考えたことがありませんでした。番組では、両者の何が違うのか、そもそもなぜ汗をかくのか、そしてその差がなぜ生まれたのかをわかりやすく解説してくれました。個人的には、胡椒でくしゃみが出たり、山椒で舌がしびれたりする理由まで教えてほしかったのですが、さすがにそこまでは時間が足りなかったようです(笑)。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

香辛料が仕掛ける「辛味」の正体
まず「辛味」自体についてですが、人間の味覚は甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の五つに分類されます。ところが「辛味」は、一般には味として語られながら、実際には味覚ではなく「痛覚」に属する感覚だそうです。辛味の本質は、口や鼻の粘膜に存在する三叉神経を刺激することで生じる「痛み」や「熱」の感覚です。そして、その刺激を受け取る受容体が、唐辛子とわさびでは異なっています。つまり、この二つの植物は、それぞれまったく異なる化学成分を用い、異なる受容体を通じて、人間に「辛い」と感じさせているのです。(下写真もどうぞ)

番組で特に印象的だったのは、唐辛子の辛味成分カプサイシンと、その受容体である「TRPV1」の説明でした。この受容体は、「痛み」だけでなく「43℃ 以上の熱」も感知します。カプサイシンが TRPV1 を刺激すると、脳は実際に熱いわけではないのに、「痛み」と同時に「熱さ」も感じたと錯覚してしまいます。その結果、体は体温を下げようとして交感神経を働かせ、発汗が起こるのです。一方、わさびの辛味成分はアリルイソチオシアネートで、こちらが刺激するのは「TRPA1」という別の受容体です。TRPA1 は主に「痛み」に反応し、熱そのものへの感受性はほとんどありません。そのため、わさびを食べたとき脳は「痛い」「ツンとくる」とは感じても、「熱い」とは認識しないのです。つまり、体温が上がったという錯覚が起こらず、唐辛子のような発汗反応にはつながらないというわけです。(下写真もどうぞ)


<追記3> カプサイシンは油に溶けやすい親油性の分子で、一度舌の粘膜に付着すると、水ではなかなか洗い流せません。そのため、辛味が口の中に長くとどまり、持続的な熱感をもたらします。一方、アリルイソチオシアネートは揮発性が高く、口の中で気化して鼻へ抜けることで、あの鋭い刺激を生み出します。わさびの辛味は、いわば「鼻に抜ける辛さ」であり、空気に触れて飛散すれば比較的すみやかに収まります。唐辛子の辛さが長く居座るのに対し、わさびの辛さが一瞬で駆け抜けるように感じられるのは、この性質の違いです。
香辛料は植物の化学兵器?──唐辛子とわさびの進化戦略
さらに面白かったのは、唐辛子とわさびで、なぜこうした違いが生まれたのかという進化の話でした。つまり、植物はそれぞれ異なる生存戦略の中で、異なる「辛さ」を獲得してきたのです。ある意味、これらは動物に食べられないために発達した「化学兵器」とも言えるでしょう。草食動物や昆虫から身を守るため、植物は進化の過程で、動物の神経系に作用するさまざまな二次代謝産物を身につけてきました。興味深いのは、人間がその「拒絶の信号」を、逆に「美味しさ」のアクセントとして楽しんでいることです(笑)。
まず唐辛子ですが、その狙いは、種を噛み砕いてしまう哺乳類を遠ざける一方で、種を丸のみし、遠くまで運んでくれる鳥類には食べてもらうことでした。鳥類の受容体は感受性が低いため、鳥は唐辛子を食べても辛さを感じません。しかも鳥は種を噛まずに飲み込むため、種子は無傷のまま運ばれます。つまり唐辛子にとっては、鳥に食べてもらうことが分布を広げるうえで有利だったのです。一方、哺乳類は種を噛み砕いてしまうため、唐辛子にとっては好ましくありません。そこで、哺乳類には辛く感じ、鳥には辛く感じにくいカプサイシンを多く持つ個体が、進化の中で残っていったというわけです。それに対してわさびは、地下に伸びる根茎という重要な器官を守らなければなりません。そこには成長点があり、株分けによって増えていくため、食べられてしまうと植物にとっては大打撃です。つまりわさびは、鳥か哺乳類かを選んで許容するのではなく、できるだけ広く「食べられたくない」植物でした。そのため、多くの動物が苦手とするアリルイソチオシアネートを発達させ、根を守る方向へ進化したのだそうです。(下写真もどうぞ)

私は辛味の香辛料として、少し前から唐辛子やわさびだけでなく、ゆず胡椒やホースラディッシュも使うようになりました。ゆず胡椒は鍋に、ホースラディッシュはローストビーフに添えることが多いのですが、どちらも知ったのは大人になってからです。ゆず胡椒は唐辛子系で、ホースラディッシュはわさびの一種ですので(北海道では「山わさび」と呼んでいました)、ゆず胡椒は上記のように発汗作用があります。そんなことを書いているうちに、無性にゆず胡椒で食べる「鶏の水炊き」が食べたくなってきました。それでは、また。
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注1:、NHK『チコちゃんに叱られる』の特集「トウガラシの謎」より
