「ちゃうねん」は否定にあらず──東京人が誤解する、関西流コミュニケーションの真髄 (元教授、定年退職612日目)
関西芸人の東京進出と東西の笑いが交差する瞬間
1980 年頃の漫才ブーム以降、関西のお笑い芸人が東京で活躍する姿をよく見かけるようになりました。新幹線でもしばしばお姿を拝見します。最初にお会いしたのは「さんまさん」だったでしょうか。少し前では、紅白歌合戦の審査員として向かわれる関西の重鎮・上沼恵美子さんにお目にかかりました。興味深いのは、東京で結果を出される方がいる一方で、東京に行くこと自体が緊張の種となり、本来の実力を発揮できない方(メッセンジャー・黒田さんなど)もおられる点です。その中で、元はお笑い芸人でありながら、今や司会業で花を開かせているのが東野幸治さんや今田耕司さんです。特に東野さんは、関東と関西で司会ぶりが大きく異なり、大阪の番組では実にのびのびと振る舞っておられるように見えます。私も関西テレビの火曜夜『ちゃちゃ入れマンデー』や、日曜昼『マルコポロリ!』を楽しみに拝見しています。
「ちゃうねん」「ウソやん」「やらしい話」──東京で通じない関西の言い回し
先日、その東野さんが関西ローカルでよく使うが、東京では不思議がられる関西独特の言い回しが取り上げられていました。『ちゃちゃ入れマンデー』では「関西弁の新ジョーシキ大調査」という特集で、道案内に使われる擬音語・擬態語(オノマトペ)や、若者ことばの変化とともに紹介されました。それが、会話の接続語「ちゃうねん」、驚きや共感の「ウソやん」、そして踏み込みの前置きとしての「やらしい話」です。(下写真もどうぞ)

「ちゃうねん」は否定じゃない!
一つ目の「ちゃうねん」。番組では、東京の方との旅行をめぐる会話例が紹介されました。「娘さんと旅行に行ったなんて素敵ですね」「ちゃうねん、娘がユニバ行きたい言うから…」「旅行じゃなかったんですか」「ちゃうねん、もったいないから実家に泊まって…」これを聞いた相手は、「『ちゃうねん』と言いながら全然否定していない!」と怒り出してしまいました。実のところ、関西の「ちゃうねん」は単なる否定ではありません。「あなたの話は聞いたので、今度は私の番ね」「さらに面白いオチがありますよ」という、会話を前へ転がす一言なのです。否定ではなく “スイッチ” だと捉えると納得がいくかも知れません。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)
<奥様(関西ネイティブ)追記:「ちゃうねん」は、「それがね」とか「実は」ですね>

「ウソやん」に込められた共感のサイン
二つ目の「ウソやん」。私も新婚当初、関西ネイティブの奥様から「ウソやん」を連発され、悪気がないとはわかりつつも辟易し、「なるべく言わないでほしい」とお願いしたことがあります。東京でのインタビューでも、「何時に起きたんですか」「6時です」に対して「ウソやん」と返すと、「本当だよ、ウソじゃない!」とたいてい怒られてしまいます。しかし関西では、これは「虚偽」を疑う言葉ではありません。「すごいやん!」「それでそれで?」という強い関心や共感のサインです。感嘆詞に近い “ノリの合図” だと理解すれば、行き違いはかなり減るはずです。(下写真もどうぞ)
<奥様追記:関西人にしたら「ウソやん」とか「ウソぉ!」というのは最大の賛辞。「ウソやん」と言わせるエピソードを披露できたら、心の中でガッツポーズです(笑)>

「やらしい話」も下ネタじゃない!
三つ目の「やらしい話」。東京では「いやらしい話」と受け取られがちで、番組の街頭インタビューでも「それはお断りします」と身構えられていました。けれど実際には、「もう一歩、踏み込んだ話をしますよ」という前置きにすぎません。「やらしい話、どのくらい儲けてはるんですか」のように、金銭・本音・核心に触れる前の “クッション言葉” として機能します。決して下ネタの宣言ではないのです。
若者関西弁の変化: アクセントの標準語化と「かます」「えぐい」の新用法
番組では、関西の若者ことばの変化にも触れていました。ネットの影響もあり、全体としてアクセントが標準語に近づいている傾向が見られます(私は茨城出身のため、アクセントの違いを聞き分けるのは正直難しいのですが)。また、「かます」「しょうみ」「えぐい」「いかつい」といった昔気質の語が、意味や用法を少しずつズラして使われていることにも驚きました。たとえば、「レンタカー、かます」「しょうみ、行ける」「アイドルが、えぐい」「高くて、いかつい」のような使い方です。聞いている分には面白いのですが、元の意味からはかなり距離が生じつつある印象です。(下写真もどうぞ)

『チコちゃんに叱られる』で知る「お月さん」「お豆さん」
一方、他局のNHK『チコちゃんに叱られる』でも関西弁が取り上げられていました。三つの写真を見せられて、東京のゲストは「いなり」「月」「豆」と答えるのに対し、「関西ではそれらを『おいなりさん』『お月さん』『お豆さん』と呼ぶのはなぜか」という疑問が提示されました。一方で、調理前は「お豆さん」でなく「豆」と呼ぶ場合があること、関東では月を「お月様」と呼ぶことなど、周辺の疑問も浮かび上がり、興味深い回でした。名詞──とりわけ食べ物や生活用品──に、接頭辞「お」と接尾辞「さん」を重ねる習慣は、標準語話者にはどこか愛嬌がありつつも不思議に響くのかもしれません。文法的には敬語や敬称が二重化して見えますが、どうなのでしょう。(下写真もどうぞ)

御所で仕える女官言葉が息づく接頭語「お」
関西弁の研究で知られる同志社女子大学・中井先生の解説によれば、私が最初に思いついた「育児語」起源ではなく、御所で天皇に仕える女官言葉に由来するとのことでした。平安時代、上品な言い回しとして「お」を頭につける用法が広まり、握り飯は「おむすび」、醤油は「おしたじ」、さらに「お芋」「お豆」などの語形が文献に見られるそうです。その後、御所に出入りする職人や僧侶、役人らがこれをまね、社会へと広がっていきました。(下写真もどうぞ)

「お豆さん」に宿る歴史──関西弁が伝える感謝の文化
接尾の敬称「さん」は江戸後期に広まったとされ、関西では天皇を「京都禁廷さん」と呼ぶなど独特の敬意表現が息づいていました。そこに女官言葉の「お」が重なり、「お芋さん」「お豆さん」といった呼び方が定着したわけです。擬人化によって「大切なもの」「手をかけてもらったもの」という意識が言葉に宿り、食材の来歴や手間、命をいただく感謝の気持ちが、自然に表明されているのです。
<追記> 関西は町人文化、関東は武家社会という背景の違いも影響しているのでしょう。格式を重んじる関東では目上の人に必ず「様」を付す慣習が強く、「仏様」「大黒様」「閻魔様」「お日様」(関西では対応して「~さん」)となるわけです。
関西で今だにどうしても不思議なのは、いい年をした大人の男性でも「アメちゃん」と呼ぶことです。「ちゃん」を付ける対象が、ほぼ「アメ」だけに限られている点が、今なお謎めいています。それでは、また。
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注1:関テレ『ちゃちゃ入れマンデー』の特集「関西弁の新ジョーシキ大調査SP」より
注2:NHK『チコちゃんに叱られる』の特集「関西人が「お」と「さん」をつけるのはなぜ」より
