タッチはかわす「スイム」の時代へ── NHK『球辞苑』が明かす、 0.1 秒を制するプロの超絶技巧 (元教授、定年退職653日目)
マニアックすぎる野球番組: 『球辞苑』小ネタ集が面白すぎる
『球辞苑』という “柔らかめ” の NHK 野球番組をご存じでしょうか。note でも1ヶ月ほど前に取り上げましたが、そのときは「スリーボール・ナッシング」というスリリングな一瞬に、投手と打者の間でどのような心理戦が行われているか、という話題でした。今回、再びこの番組で面白いトピックスを見つけましたので、ぜひお楽しみください。番組はナイツの塙さんが司会で、ゲストはお笑いコンビの「バッテリィズ」と、3人の野球専門家でした。私が注目したのは「スイム」という言葉です。野球でこれまで聞いたことがなかったのですが、MLB や日本プロ野球で盗塁などをする際、タッチをかいくぐってセーフになるための技術を指すのだそうです。相当マニアックな話で恐縮ですが、私はこれに興味を惹かれ、つい番組にのめり込んでしまいました。番組全体としては、これまでの特集テーマを改めて取り上げる “改訂版” で、いわゆる「小ネタ集」といった構成でした。しかし楽しい話題が多かったので、その中から2, 3点をご紹介します。(下写真もどうぞ)

MLB発の走塁技術「スイム」が変えた野球の常識
まず「スイム(ムーブ)」ですが、MLBで広まったトレンドで、走者がヘッドスライディングを行う際、野手のタッチを避けるために意図的に片手を引っ込め、あたかも水泳のクロールで水をかくような動作で、反対側の手(あるいは再び同じ手)を伸ばしてベースに触れる技術を指します。野球において、最も劇的な接触が起こるのが「タッチプレー」の瞬間です。特に 2010 年代以降、走塁は「衝突」から「回避」へと大きく舵を切り、その進化の象徴の一つがこの「スイム」でした。つまり、「最短距離でベースに突っ込んでアウトになる」よりも、「遠回りしてでもタッチを空振りさせれば、映像判定でセーフになる確率が高い」という発想が前面に出てきたわけです。
写真で説明すると、守っている野手は頭から滑り込んでくる選手の腕にタッチをしようとします(右上)。滑り込む選手はそのタッチを避けるため、瞬間的にタッチされそうな手を引き(左下)、逆側の手でベースをつかみます(右下)。確かに私も MLB の試合で、「リクエスト」によるスロー VTR 検証の末、このスイムによって判定が覆る場面を何度も見てきました。(タイトル写真、下写真もどうぞ:注1)

<追記1> かつて「タッチプレー」には暗黙の了解がありました。野手は走者の激しいスライディングを避けるため、タッチで触れていなくてもタイミングさえ合えばアウトと判定され、走者もそれを受け入れていた──そんな “曖昧さ” がありました。しかし、ビデオ判定の導入はこの曖昧さを排除しました。野手のグラブが走者のユニフォームに「かすったかどうか」、走者の指先がベースに触れたのがタッチの 0.1 秒前か後か──その差を冷徹に映し出すようになったのです。
上林誠知が実演!「右手を引いて左で触る」スイムが生んだ一勝
日本球界でも、重要な場面でこの「スイム」がファンを沸かせたシーンがあり、番組で詳しく解説されました(上写真)。中日の本拠地での開幕戦、同点で迎えた7回裏、ノーアウト二塁。ランナーは上林誠知選手で、ピッチャー前にバントがありました。強めの当たりで、しかもピッチャーは左利き。本人も本来なら止まらないといけないと言っていましたが、三塁に走ってしまったそうです。完全にアウトのタイミングでしたが、サード中山選手がタッチに来た瞬間、右手を引いてかわし、伸ばした左手でベースへ。鮮やかなスイムを披露して、セーフをもぎ取ったのです(この1点が決勝点になり、チームは勝利したそうです)。番組に出演した上林選手は、床に寝転びながら実演までしてくれました。もしかすると、以前に『球辞苑』で得た知識が無意識に役立ったのかもしれません。この経験でスライディングの引き出しが増え、昨シーズンは自己最多、リーグ2位の 27 盗塁を記録したとのことでした。
<追記2> 私も大学時代にクラブで内野手をやっていたので、この技術の凄さはよくわかります。ただ当時はリクエスト制度などありませんし、判定は “タイミング” で決まりました。正直なところ、「変な動きをせずに潔くアウトになってくれ」と思ってしまいそうですが・・・時代は変わったのだと思います。
<追記3> 上林選手は、一塁ベースへのヘッドスライディングについても実演してくれました。ベースに近すぎると指を怪我することもあるため、3m20cm ほど手前から、地面にバウンドさせず、「スーッ」と滑るのがコツだそうです。駆け抜けたほうが速いとも言われますが、気持ちが前に出ているときは、チームを鼓舞する意味もあってヘッドスライディングをする、とのことでした。(下写真もどうぞ)

ホームランをもぎ取れ! “壁を駆け上がる” 外野手たちの超絶技
2つ目は、ホームランになりそうな打球をどうキャッチするか、という話題でした。ホームランは、打球が外野フェンスを越えれば守備側は手出しができず、打者はダイヤモンドを一周する権利を得ます。ところが、その「絶対」が覆される瞬間があります。それが、外野手がスタンドインしようとするボールをグラブでつかみ取る「ホームランキャッチ」です。これは単なるアウト1つ以上の価値を持ち、試合の流れを一変させることもあります。これまでも名プレー集などで、忍者のように壁によじ登ってのスーパーキャッチを時々見てきましたが、私が繰り返し映像を見たのは、広島カープの赤松真人選手の大ファインプレーでした。2010 年の広島マツダスタジアムで、横浜の村田選手が放った大飛球に対し、赤松選手はフェンスを足場に駆け上がり、頂上付近でキャッチしたのです。
「落下点は目指すな」元広島・赤松真人が教えるホームランキャッチの極意
赤松さんは現在カープのコーチとして、今回その理論を実例で説明してくれました。サンプルは昨年5月、マツダスタジアムでの巨人戦。リチャード選手の打球をセンター中村選手が追い、果敢にホームランキャッチを狙ったものの、うまくいかなかった場面(下写真、右上)でした。赤松さんは、その失敗の要因を図解してくれました。失敗は、外野手が本能的に「落下点」を目指してしまうことで起こるというのです。成功の鍵は、落下点ではなく「ボールがフェンスを通過する地点」に登ること。中村選手にその話をすると「それは無理っす」と言っていたと、赤松さんは笑っていました。(下写真もどうぞ)

漫画みたいな一球: オーバースロー投手が突然アンダースローを投げた
最後に、もう一つ “レアすぎる” 場面も紹介されました。巨人の平内龍太投手は、普段のフォームは完全なオーバースローです。しかし昨年、中日との最終戦で巨人リードの8回表に登板し、細川選手をツーストライクに追い込んだ次の1球。これまで一度も見せたことのないアンダースローで投げ込み、見逃し三振に仕留めました。解説の里崎さんは「オーバースローで追い込んでから、いきなりアンダースローを投げられたら、そりゃ細川選手もあんな顔になるよな」と笑っていましたが、細川選手が呆然とした表情で見送っていたのが印象的でした。漫画でしか見たことがないようなシーンでしたね。(下写真もどうぞ)

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注1:NHK『球辞苑』の特集「改訂版 守備・走塁編」より
