なぜ冬でも蝶が飛んでいる?──伊丹市昆虫館が実践する「永遠の夏」と飼育員たちの365日 (元教授、定年退職846日目)
世界最大のカブトムシの王様を追って: バグボーイズの挑戦
少し前になりますが、読売テレビ『所さんの目が点!』で、昆虫愛好家グループ「東京バグボーイズ」が、世界最大のカブトムシ「ヘラクレスオオカブト」を求めて、エクアドル・アマゾンの森を大捜索する特集がありました。彼らの目標は、図鑑でしか見たことのない憧れの野生のヘラクレスオオカブトを発見することです。メンバーは「これを見つけずには帰れない」と熱い情熱を語っていました。前半の探索では巨大な「テナガカミキリ」などを捕まえて興奮していましたが、なかなか目当てのヘラクレスオオカブトは見つかりません。最終日、標高 1600 メートルまで登り、ヘラクレスオオカブトが樹液を吸うことで知られる「コルカの木」の生息地を特定。そして深夜、ついに野生のヘラクレスオオカブトを発見しました。メンバーは「本当にいたんだ」「本の中でしか見たことがない生き物が見られてうれしい」と、涙ながらに喜びを語っていました。見つかったのは体長 13 cm の個体で、2本の長い角と、滑り止めの役割を果たす金色の毛を持っていました。手に乗せると力強くしがみつき、鋭い爪が食い込みます。それでも「手がボロボロになってもいい」と、アマゾンの生命力を肌で感じていました。私も昔からカブトムシが大好きで、少年時代の夏休みはカブトムシとクワガタ探しが日課でした。今回は、いわばその「カブトムシの王様」を探す旅ですから、彼らの気持ちもよくわかりました。(下写真もどうぞ)

伊丹市昆虫館の飼育員と片田陽依が魅せる、昆虫への深すぎる愛情
一方、奥様はカブトムシではなく蝶が好きだったそうです(奥様追記:正しくは「蝶の幼虫」が好きでした)。話を聞いてみると、小さい頃、家の庭の柚子の木に産み付けられたアゲハ蝶の卵を集め、家に持ち込んで孵化させていたのだそうです。アゲハは柔らかい新芽に卵を産みます。それを片っ端から集めていたため、柚子の木を大切に育てていた父親に叱られたと笑っていました。ということで、今回はカブトムシではなく「蝶」の話題です。
NHK『ザ・バックヤード』で「伊丹市昆虫館」の特集を視聴しました。リポーターは女優の片田陽依さんです。実はかなりの虫オタクで、虫の魅力を SNS で発信し、虫好きたちのカリスマ的存在なのだそうです。番組内でも、虫への愛と知識を大解放(笑)していました。伊丹市昆虫館は、1990 年 に開館して以来、通称「いたこん」として地元の人たちに親しまれてきたそうです。同館の展示は、単なる標本陳列にとどまらず、体験型装置や生態環境の再現に力を入れています。「10 倍の森」では伊丹近郊の自然環境を再現し、オオムラサキやオオスジアゲハなどの有名な昆虫だけでなく、シデムシやオトシブミといった目立たない昆虫も 10 倍に大きく紹介することで、多様な生物が生態系を支えていることを伝えていました。また「ビッグ・ビー」と呼ばれる、実物の 200 倍スケールで作られたミツバチの巨大精密模型もあります。肉眼では見えにくい体毛や花粉ダンゴまで精密に再現されていました。片田さんは、幼い頃にここで遊んだことがあるそうで、懐かしそうに眺めていました。(下写真もどうぞ)

関西最大級の「チョウ温室」を裏で支えるプロの執念
そして、伊丹市昆虫館最大の見どころは、約 14 種 1000 匹の蝶が一年中舞い飛ぶ、関西最大級の「チョウ温室」です。片田さんは、都会ではなかなか見られない蝶が舞う光景に感動し、アサギマダラやオオゴマダラなどの求愛や産卵行動を間近で観察しながら、写真撮影を楽しんでいました。しかし、自然界では寿命の短い蝶を一年中展示するためには、飼育員たちの並々ならぬ努力が隠されていました。(下写真もどうぞ)

昆虫は通常、日照時間が短くなり気温が下がると冬を感じて休眠、つまり越冬します。ところが同館の飼育室は、温度 25 度、日照時間 16 時間という「夏の環境」に保たれています。そのため蝶は冬を感じることなく繁殖を続け、一年を通して毎日羽化することができるのです。飼育室ではまず、毎夕、温室の食草に産み付けられた卵を回収し、種類ごとに厳密に識別してカップに取り分けます。ツマベニチョウとクロテンシロチョウのように同じ食草に産卵する種類もあるため(上写真、右下)、慎重な作業が求められるそうです。バックヤードには常時 500 匹以上の幼虫や蛹がおり、糞の掃除や餌の交換、病気のチェックといった健康管理が 365 日休みなく続けられていました。たとえば蛹が羽化する際には、翅をきちんと広げやすいようにティッシュで足場を作るなど、細やかな配慮も欠かせません。(タイトル写真は、触ると臭角を出す幼虫:注2)(下写真もどうぞ)

<追記> 蝶は種類にもよりますが、多くは卵から幼虫、蛹、成虫へというサイクルを春から秋にかけて何世代か繰り返します。そして秋に卵や幼虫、蛹になったものは、そのまま冬を休眠して過ごし、翌春になると再び成長を始めます。では、蝶たちは「もうすぐ冬が来る」と、どのようにして知るのでしょうか。実は気温だけでなく、日照時間が短くなっていくことを体で感じているのだそうです。冬越しする蛹になる際には、凍結しにくいように体液の成分まで変化させて冬に備えます。そこで伊丹市昆虫館の飼育室では、気温だけでなく光のサイクルまで「夏の一日」に設定しています。蝶に冬が来たと感じさせないのです。つまり飼育室を一年中夏の環境に保つことで、卵や幼虫、蛹を越冬させず、世代交代を繰り返させています。これこそが、一年を通して蝶が舞う「永遠の夏」の秘密でした。
さらに重要なのが、蝶を育てるための「食草」の確保です。蝶の幼虫は種類によって決まった植物しか食べません。しかも、それらの植物は市販されていないものも多く、栽培マニュアルもありません。そのため、飼育員自らが無農薬で多種類の食草を栽培していました。たとえばアゲハの餌となる柑橘類は、孵化直後の幼虫では硬い葉を食べることができません。そのため専用ハウスの鉢植えで管理し、剪定して柔らかい新芽を出させるなど、昆虫だけでなく植物の生育環境にまで工夫を凝らしていました。
絶滅危惧種の未来をつなぐ伊丹市昆虫館の「生息域外保全」
伊丹市昆虫館では蝶だけでなく、希少な昆虫の飼育にも取り組んでいます。たとえば、日本で一か所にしか生息していないフサヒゲルリカミキリなど、極めて希少な昆虫も対象です。こうした昆虫には生態が十分にわかっていない種類も多く、飼育法を確立するまでには、現地調査を含めて数年かかることもあるそうです。そして繁殖させた個体を元の生息地に戻し、再び定着させる試みも行われていました(下写真、左下)。また、小笠原固有のオガサワラハンミョウを幼虫から管理して繁殖させるなど、同館は希少昆虫の保全でも日本トップクラスの実績を持っているそうです。(下写真もどうぞ)

伊丹市昆虫館は、華やかな展示の裏側で、蝶の周年飼育を可能にする徹底した環境管理と、絶滅危惧種の未来をつなぐ「生息域外保全」という二つの重要な役割を担っていました。昆虫だけでなく植物にも目を配り、365 日休むことなく命をつないでいる飼育員たちの深い知識と愛情、そして地道な努力がよくわかりました。それでは、また。
――――
注1:読売テレビ『所さんの目が点!』の特集「ヘラクレスオオカブト大捜索」より
注2:NHK『ザ・バックヤード』の特集「伊丹市昆虫館」より
