市民菜園の毛虫
あの頃は、とにかく忙しく呼吸が浅かった。
朝は子どもを起こし、朝ごはんを作って食器を片づけ、洗濯機を回し、車で幼稚園へ送り、戻ったら立ちっぱなしのパートへ。
14時には、幼稚園の子どもを迎え、そのままプール教室に連れていく。
夕食の買い物からの夕食作り、夫の帰りは待たず、子供と食事。やっと寝かせつけたころ夫が帰宅。子供と一緒に食べた夕食の残りをまた夫とも食べながら、食器洗いと朝食の下ごしらえ。
お風呂は子供と一緒にすませてはいたが、ドライヤもかけず、速乾キャップをかぶったまま寝てしまう。
朝起きると寝ぐせがすごいことになっているが、幼稚園の送迎バスが来るまでに、子供の食事とトイレタイムを確保しなければならない。
うちの子が特別神経質ではないと思うが、自宅でないとうんちが出ない。
パートは土日が時給が高くなるので、夫が休みの日は子供を任せてパートに出る。パートが終わって帰宅すると、台所は食器の山。
洗濯ものが増えている。
子どもたちがパパと公園に行ったと大喜びしている。
一緒におやつを食べて、夫の休日が始まる、どこに行っているのかは聞かないことにしている。
子供が幸せそうに笑っているから、まぁいいかと思っていた。
とにかく疲れていた。家事がたまると家中があっという間にモノがあふれて足の踏み場もないくらいに荒れはてる。
パートの休みの日は、朝から片付けをしていた。
ある日、仲のいいママ友が言った。
「市民農園の一区画を借りたんだ。一緒にどう?」
え?ママ友曰く年間5000円くらい支払えば畑を貸してくれる。
農作業に使うものは共同で使える。
手ぶらで畑を耕して植物を育て、収穫をする。ママ友は、きゅうりやトマトがいかに簡単に収穫できるか、美味しいかを身振り手振り付きで熱く語る。
「いやぁたぶん私は無理、虫がいるでしょうし、暑いでしょう?日焼けもしたくないし」
と、次から次にネガティブワードが飛び出す。
ママ友が、とにかく「すぐ近所だから見るだけでもいらっしゃい」と幼稚園バスの停留所近くの場所を教えてくれた。
子供を迎えにいったついでに、市民農園を見学にいった。
想像以上に広々としていて、けっこう人がいた、そしてなんとなくゆっくり動いている感じがした、「のどか」という表現がぴったり。
低い柵で区切られている小さな畝のある畑が広がっていて、同世代の夫婦や本格的な農家のかっこうをしたお年寄りもあちこちでしゃがんで草むしりをしている。
すぐ近所にこんな場所があったことに気がつかなかった。
土の匂いというのか?ほっとする空気感。
「空き区画がありますよ。3メートル四方くらいできるでしょう?」
そう言われ、なぜかその場で申し込み用紙に名前を書いていた。
最初に植えたのはミニトマトとバジル。
農具の使い方も水やりの加減もテキトー。
隣の区画を借りている方が上手に畝を作ってくれた。
見よう見まねで畝を作ろうとしたが、「土が固い」まったく思うように耕すことすらできなかった。
でも、バジルの芽が出た日、私は思わずしゃがみこんで見入ってしまった。
おもわず、「ををを!」と叫んでしまう。
それからは、少しずつ畑に行くのが楽しみになった。
お隣さんに習って、草を抜き、支柱を立て、苗が育つのを見守る、虫がついたら専用のトングを借りてゴミ袋に入れて始末する、「おー気持ち悪い」。
それでも水をやる、雑草をとる、を繰り返すうちにトマトもバジルも元気に大きく育っていく。
ある日、強い雨が降ったので、畑が心配になった、雨がやんですぐにかけつけると、雨粒がまだ葉っぱに残っていた、夕日の中で畑全体がキラキラ輝いていて、住宅街の中にある畑なのに、高原にでもいるかのような、気持ちの良い風を感じた。
しばらくして、初めてのミニトマトが大量に収穫できた、スーパーで買うトマトの10倍すっぱくて10倍甘くて、トマトの匂いがして、皮がかたくて種が存在を主張している。
これを太陽の味と呼ぼう!なんて詩人になった気がした。
子供たちが「ママが作ったの?すごい!おいしいね」と喜んでむしゃむしゃ食べている、夫も「うまいもんだ」と食べている。
すごく嬉しかった。
忙しさは相変わらずだ。朝はドタバタ、夜はくたくた。家じゅうすぐにゴミ屋敷寸前になる。
でも、畑に通うようになって、呼吸が深くなった気がする。
季節が変わるごとに、ホームセンターで苗を買って植えてみる。
ナスがとても硬い、灰汁が強い。これは食べてはいけないものじゃないか?と思った。たぶん何か失敗だったと思う。収穫をまじかに控えた青じそが、大げさだけど一瞬にして虫に食べつくされて葉っぱの芯だけが残っていた。
自然ってすごいなと思う、不思議と落ち込んだりはしない。
なんだろうこれは失敗だと思うんだけど、パートで叱られたり失敗した時の気持ちとぜんぜん違う。
子どもたちは大きくなり、手伝ってくれるどころか、
私より手際がよくなった。
「ママ、土はもっと下からほぐしたほうがいいよ」
そんなふうに指導されることもある。腰つきが本格的だ。
子供と過ごした家庭菜園、自分が育てた野菜たち。
立ちっぱなしのパートはいまも続けている。
夫も休みの日は家庭菜園にきているらしい。
たまに一緒に畝を作る。
支柱をとりつける。
お互いこれは売れるねと褒めながら、棘だらけのキュウリを食べる。
とても美味しい話でした。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。


