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湖畔のナルシスト

【シロクマ文芸部: 思い出の】
※小牧幸助様主催のお題に寄せて


思い出の景色なのか、
それとも夢で見た景色なのか?

それさえもハッキリと分からないが、
何度も脳裏に浮かぶのだ。

むせ返るほど濃い緑の森。
それを逆さに映す、鏡のような湖面。


それから・・・・・


「お好きなんですか?」

不意に男の声がして、
心治シンジは弾かれたように
声の主を見た。

どちらかと言うと小柄な男は、
サラサラの細い髪を揺らして
顔を傾けると、ニコっと微笑んだ。


美しい青年。

色白で、優しげな微笑。
身なりは整っていて、詳しくなくても
高級なブランドの品だと判る、
青っぽいグレーのスーツが
彼の高い知性を醸し出す。


「あ、いや・・・」

返答が見つからず、心治は口籠る。

バイトで荷物を配達し、
玄関まで招き入れられる事は
最近では少なくなった。

重いものとか、体が不自由な
お客さんなら進んで手伝うが、
重くもない小さな荷物だし、
健康な若者なのに、何故?


「東山魁夷画伯の作品、
お好きなんですか?」

再び、青年が心治にそう訊いた。

「や、オイラ絵のことはあまり・・・
ってか全然・・・」

「失礼。熱心にご覧になられてたので、
お好きなのかなと思いました」

「綺麗な絵だから、好きだけど」

「なるほど」


自転車で荷物を配達するバイトは
もう長いこと続いているが、
こんな豪邸に来たのは初めてだ。

巨大な門の前でインターホンを押し、
配達を告げたら門が開き、
葬式帰りのようなスーツの屈強な男が
3人出て来て、玄関の中まで
招き入れられた。


そこは、個人宅とは信じられない
壮麗な建物で、玄関だと言うのに
脱いだ靴も下駄箱も見つからない。


ただ、白い壁に一枚だけ、
大きな緑の絵が掛かっていた。

深い森を映す、鏡のような湖。
その水際を、1頭の白馬が歩いている。


「東山魁夷画伯の代表作、
『緑響く』です。レプリカですけど」

「へぇ〜、マジ綺麗っスね」

「そうですね。本物の景色も良いですよ」

「えっ?こんなトコあんの?」

「“御射鹿池みしゃかいけ”というそうです。
長野の奥蓼科に実在する池です」

「もの知りなんスね」

「ありがとう」

「あの、ここにサインを」

「須賀…心治さん?」

「えっ?」

「あなた、こんな景色をご存知では?」


心治はギクッとした。

さっきこの絵を見た瞬間に、
こんな景色を知っているような、
不思議な気持ちになったのは確かだ。


「いや・・・」

心治は顔を横に振る。

「オイラ金ねーし、旅行なんて
行ったコトねーから知らない」

「お金など・・・」


青年は、綺麗な形の唇を吊り上げ、
ニヤリと意味ありげに微笑する。

「あなたに金銭など必要無いでしょう?
旅をするためには」

「は?」

「だってあなた・・・跳べますよね?
空間転移のチカラを使って」


心治は全身の肌が粟立つのを感じた。
まるで濡れた冷たい手が、
心臓を撫でたような気がする。


「アンタ・・・何者?」

思わず声が掠れる。
口の中が急激に、乾燥するのを感じる。

「失礼、僕はこういう者です」

青年は優美な仕草で、スーツの胸から
黒い名刺を取り出した。


鳴沢成志ナルサワナルシ
鳴沢製薬の研究員です。ちなみに僕の
祖父が創業した会社ですが」


黒い紙面に金の押し文字で、
大きく書かれた名前よりも
シンジはその脇の、社名の方が気になった。


「ナルサワセイヤク・・・」


何だろう?
胸がザワザワする。

フリーターしか経験の無い自分が、
巨大な製薬会社などと
関係ある筈が無い。

しかし、このザワザワは
少し前から始まっていた。

そう、この広すぎる玄関で、
壁のあの絵を見た時から・・・


「どうです?須賀さん」

甘い声で、苗字を呼ばれる。
慣れないので気持ちが悪い。

「そろそろ流れ者のフリーターは
やめにしませんか?
元よりそんな生活をしているのも、
その素晴らしい能力を、世間の
目から隠すため・・・では?」


シンジは平静を装ったが、
唇が白くカサつくのを抑えられない。


鼓動がうるさく耳に響く。


何で?

どうしてこの若い男は、
こんなにも自分の秘め事を・・・

誰にも知られちゃいけない秘密を
突きつけて来るのか?


「鳴沢製薬の研究スタッフとして、
あなたを僕が採用します。
今の10倍、いや、お望みならもっと
報酬をお支払いいたしましょう」

「な、何言ってんの?オイラは
ガッコだってロクに行ってねーし」

「学歴など些末な事。
あなたのような稀有な存在の方々が、
不遇な暮らしを強いられているのは
この社会を牛耳っている、
無能な古代人たちの罪悪です」


心治は、この美しい青年の
長い睫毛の奥に灯った狂気の光を見た。


「須賀さん、僕と一緒に世界を
変えませんか?」

鳴沢は、心治の手に伝票を押し付け、
その上から強く手を握る。

「あなたは自分の価値をご存じ無い。
僕はそれを知っている。
僕はあなたの全てを知っています。
そう・・・」


鳴沢は、赤い唇を心治の耳に寄せ、
吐息のようにこう続けた。


「恐らくあなたの従兄弟よりも、
そして・・・あなた自身よりもっと
・・・です」


怖いのは・・・


シンジは指先が冷えるのを感じた。

この穏やかで美しい青年が、
心底怖いと、そう思った。


怖いのはきっと、
ここになっちが居ないからだ。


冷えてゆく心の奥底で、
見慣れた従兄弟の後ろ姿が浮かんだ。


※※※ 続く ※※※


#シロクマ文芸部
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#なっちとシンジ


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🌲美麗なヘッダー画像は
ブルーの大好きな東山魁夷画伯の
『緑響く』の一部を使用させて
頂きました。あな、勿体なや!🌲




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