【随想】雨の中で
雨宿りをするなんて、
一体何年ぶりのことか?
車を運転するようになると、
その機会は滅多に無くなった。
子供の頃はよく、夏休みになると、
近くの川で魚捕りに興じ、
突然の雷雨に見舞われては、
橋の下で雨宿りをした。
遠い入道雲の輪郭が、
ピンク色にピカピカ光り、
遅れてゴロゴロと、低く音が響く。
川上からヒヤリとした風が吹き、
バシャバシャ水しぶきを上げて、
橋の下まで避難し、水から上がり、
橋の基礎部分の護岸によじ登る。
橋の裏に頭が届きそうな場所で、
近づいて来る雷の音を聞いていた。
やがて、白く煙る壁のような、
豪雨のカーテンが寄せてくる。
パタパタパタ
ドングリが落ちるような音と共に、
大きな雨粒が降ってくる。
あっと言う間に、視界が白くなる。
激しい雨が、世界と私を隔絶する。
尖った岩山の先端に、
ピンクの閃光が落ちるのを見た。
次の瞬間、地面を揺るがすような
落雷の衝撃と轟音が押し寄せた。
落雷の、太い稲妻の形がくっきりと、
瞼の裏に浮かんで暫く消えない。
閃光が、目に残像を残したのだ。
とてつもない自然のチカラに、
私は怖さよりも、ワクワクする
高揚を感じていた。
激しい雨は、そう長く続かない。
一旦緩み、また激しくなる。
緩んだ隙に、橋の下から出て、
近くにある村の商店に駆け込んだ。
店主のおばあさんは、私がどの家の
子供で、誰の子、誰の孫かまで
熟知しているので、私に代金の
請求はせずに、ラムネやジュースを
飲ませてくれた。
(家族が買い物に来た時に払う)
昔の『遊び』とは、
その中に多くの教訓や、
知識の共有を伴っていた気がする。
豊かな自然に抱かれ、
豊かな遊びに時を費やした事が、
大人になり、老いに追われる今も、
折に触れ、役立つ場面がある。
雲の色や流れ方で、
雨が降ってくるのを予見した。
風向きの変化や匂いで、
天気の急変に備える事が出来た。
時代遅れの古い考えかも知れぬが、
やはり、外遊びをしなくなった
世代の人々は、知識や興味の範囲が
かなり狭いと感じる。
学術的専門的な知識は豊富だが、
突発的なアクシデントや、
外的な脅威に出会った時に、
落ち着いた考えや行動が出来ず、
すぐ投げ出したり、パニックになる
人が多い気がするのだ。
毒虫への対処や、
触れてはいけない野草、
食べてはいけない木の実やキノコ。
知らなくても構わない。
テストには出ない。
お金にもならない。
出世には関係無い。
そんな、“メリットの無い”ような
無駄な知識を、冷笑して切り捨てる。
そんな空気が社会に満ちた頃から、
自然は人間社会に段々と、
厳しくなって来たのではないか?
多分、偶然だろう。
私の考え過ぎだろう。
そう言い聞かせながら私は、
コンクリートに囲まれた場所で、
激しいゲリラ豪雨を眺めた。
昔の大人は、大概の事に対して
スマートな解決方法を知っていた。
ロープが必要になれば、
里山の雁皮(和紙の原料になる木)を
使って強い紐を作り、
籠が必要になれば、腰に提げた鎌や
ナタを使って笹や竹を切り、
サッと編み込んで簡単に作った。
現代では、腰にそんな刃物を
ぶら下げて歩く人は居ない。
通報されるし、職質される。
本来、鎌やナタは人を襲うための
道具では無いのだが、
最近ではそういう使い方をされた
報道しか目にしないので、
人の頭には『危険なモノ』としか、
受け取れなくなっているようだ。
私が小学生の頃、
金属加工が得意な父から、
鋼の破片を削って自作した
小さなナイフを貰った。
鉛筆を削るのに便利で、
紙を切るにも、包装を解くのも
何にでもすぐ使え、重宝した。
クラスの子達も、市販の小刀を
筆箱に入れている子が何人か居たが、
誰も咎めはしなかったし、
ケンカや悪さに使う者も無かった。
(机に文字を彫ったヤツは居た😅)
昔を懐かしむのは、歳を取った
証のようで嫌なのだけれど、
やはり、現代の世相を見るに、
どこか殺伐としており、『平和』が
遠ざかって行く不穏さを感じている。
突然のゲリラ豪雨から逃れ、
叩きつける雨と、荒れ狂う風に
翻弄される木々を眺める。
雨そのものすら、昔とは違う。
同じ豪雨だが、より暴力的で、
短時間にとてつもなく強く降る。
昔は白いカーテンのように、
遠くから徐々に迫って来た夕立も、
昨今のゲリラ豪雨は、まさに
単発の恐ろしい伏兵のごとく、
ごく狭い範囲に強烈な降り。
ある時、車で走っていたら、
次の信号が霞んでいた。
そこだけが塊のような、
灰色のモヤに覆われているのだ。
「なんだろう?」
そう思って近付いた途端、
ドドドドド!!
およそ液体では無いものが、
上から落ちてきたような爆音。
雨だなんて信じられない。
これがゲリラ豪雨かと驚いた。
昔の夕立の豪雨とは、
全く様子が違っている。
交差点を抜け、少し走れば
ケロリと青空に日が差してくる。
さっきの激しい雨は何だったのか?と
まるで幻を見た気になり、
ハッと気付いて高速で稼働する
ワイパーを止めた。
恐怖すら感じる雨に、ゾッとした。
『線状降水帯』などという
剣呑な気象用語にも、
すっかり慣れてしまった。
あの塊のような激雨が、
直ぐに止まずに何重にも並んで、
同じコースを次々と行進する。
一瞬でも恐怖を感じる豪雨が、
何時間も、あるいは何日も
同じ場所で振り続けるなんて、
そんな恐ろしい事が現に毎年、
何度も繰り返されている。
予報の精度は上がってきたが、
予防の方策はあまり進化しない。
避難にも限度があり、
建物は持ち運びできず、
悲惨な被害があちこちで生まれる。
コンクリートのピロティで、
ひとり雨宿りをしていると、
弱々しく飛んで来た、黄色い蝶が
私の近くで翅を休めた。
急な雨に、避ける場所が
見つからなかったのか?
人でさえ痛いほどの、激しい雨だ。
小さな蝶には、石つぶてのように
こたえる酷さであろう。
ゆっくり休むといいよ。
もうすぐ雨も上がるから。
雷の音から、鋭さが消えてゆく。
カリカリと聞こえていたのが、
ゴロゴロと籠もった音に変わった。
通り雨は、急速に過ぎてゆく。
真っ黒な雲の切れ間からは、
染みるような青い空が覗いた。
復帰した太陽は、ギラついて
少し凶暴な顔をする。
昔の雨上がりは涼しかったが、
最近の雨上がりは気温が急に上がり、
湿気もグングン増して、一層暑い。
ゲンナリだ。
夏が嫌いになってゆく。
数回、翅をフワフワ動かすと、
黄色い蝶が舞い上がった。
私もまた、歩き出す。
雨の檻から解き放たれ、
日常を再開するのだ。
ほんの短い雨宿りだったが、
心は遠い昔まで旅をした。
雨に叩かれたアスファルトからは、
あの頃と同じ、懐かしい匂いがした。
※※※ 了 ※※※
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