あの田舎の夏は幻だとしても
【シロクマ文芸部:ゆっくりと】
※小牧幸助様主催のお題に寄せて
ゆっくりと目を覚ます。
カーテン越しの朝日と、
小鳥のさえずりの中で。
ああ、それはまるで
『赤毛のアン』や『ハイジ』の世界
そんな夢を描いた、小五の夏休み。
当時の小学生は、現在のように
習い事やお受験の塾通いなど
さほどしないのが普通だった。
ルミは、都会から田舎の古民家へ
引っ越してしまった親友に招かれ、
この田舎町にやって来た。
まさにハイジの如く、
屋根裏の薪置き場を改装した
親友の部屋にワクワクする。
ここで暫く逗留し、
田舎の生活を満喫すれば、
宿題の絵日記や、夏休みの作文の
ネタには困る事もなさそう。
そんな打算も少しはあった。
夏の朝、もう明るくはあるが、
ラジオ体操にはまだ早い時間だ。
ルミは覚醒と微睡みの間で、
ゆらゆらと心地良く揺蕩っていた。
『ピーピーガガガ💥』
窓の外から、とてつもない大音量で
ラジオのノイズが響き渡る。
「ヒッ?!な、な、な、何っ?!」
『皆さん、おはようございます。
町内放送をいたします』
「・・・町内放送?」
時計を見れば、まだ早朝6時前。
「ウソでしょ?💧」
『はじめに農区放送です。
本日は、ツマグロヨコバイの
防除日となっております。
必ず田圃に農薬を散布して下さい』
「の、農薬?
ツマグロヨコバイって何?!」
『続いては訃報です。
2班の小林トメコさんは、
予て療養中でありましたが、
昨夜、逝去されました。
お通夜はご自宅にて本日
午後七時から・・・』
「えー?!朝からそんなお通夜の
連絡?え?え?村人全員来るの?
マジ???てか個人情報!!」
『最後にお願いです。
5班の中山さん宅のワンちゃん、
コロが居なくなりました。
白の雑種で右耳が茶色。
青い首輪をしています。
見かけられた方は中山さん、
または区長まで連絡を・・・』
「そんな事まで町内放送ーっ!!」
カルチャーショックに目眩がする。
思い描いたのとは全然違うが、
コレがルミにとっては貴重な
一夏の冒険の幕開けであった。
その時、ノックの音がした。
と言っても、コンコン♪では無い。
『ボフボフ』だ。
何故なら、客間が和室でフスマだから。
「おはよー。起きてる?」
「起きるよそりゃ。何?あの放送!」
「町内放送。汽車の都合で早くに
家を出る人も居るから、
こんな時間に放送やるんだよね〜」
「ビックリするわ!」
「だよねー。あははは」
親友のアヤは、屈託なく笑った。
都会で住んでいた頃は、
ちょっと病弱で色白で、
神経が細かい所があり、大声や
大きな物音には敏感な子だった…
と、思っていたが?
「朝ごはん、ラジオ体操の後だけど
その前にばあちゃんと畑へ行かない?」
「畑?何すんの?」
「トウモロコシとかトマトとか、
あとキュウリやスイカを取るよ」
「そ、そんなにあるの?」
「キュウリ、体操の前に貰って
食べよう!朝は美味しいよ!」
「へぇ〜🤤 うん、行く!」
「じゃあ着替えたら行こうね」
「はぁい」
親友んちの畑は、小さいがまるで
宝の山だった。
朝露をまとって光るトマトや、
サボテンかと思うくらいにトゲトゲの
キュウリにビビりながら、
収穫を手伝うのは楽しい経験だ。
「キュウリはトゲトゲが新鮮なの。
売ってるのはあちこち擦れて
トゲが取れちゃうんだって」
「へー、知らなかった」
「ハイ!」
渡されたのは、海苔佃煮の空き瓶に
入った麦味噌だ。
「これ付けると美味しいよ!」
今、蔓から切ったばかりの
トゲのあるキュウリは、
何やら白っぽい粉を吹いたような
マットな色をしていた。
「白いの、農薬じゃないの?」
「違うよ。キュウリが自分で
お肌を乾燥から守るために出してる
ナントカって成分なんだって」
「食べて平気なやつ?」
「平気平気〜」
そう言ってアヤは、瓶の味噌に
キュウリを突っ込むと、
豪快に齧った。
パリッ!
小気味の良い音。
その音で、急に空腹を感じた。
ルミはおっかなびっくりで、
自分の取ったキュウリを見た。
切った所から玉のように、
透き通った水が噴き出している。
今、まだ生きている。
キュウリがそう告げているようだ。
意を決して、ルミも瓶にキュウリを
突っ込み、味噌の付いた先端を齧る。
パリッ!
やはり同じ音がして、
強く噛まずともホロリと砕けるほど
パリパリの新鮮なキュウリ。
溢れる水分と、驚きの甘さに
ルミは思わず声を上げる。
「何だコレ!おいしー!!」
それは、今まで食べたことのない
全く別の野菜であった。
ちょっと苦手な青臭い香りも、
青空の下では、山や土から
移ったような、爽やかさをプラスする
アヤは一気に一本平らげ、
更に一本取ってまた齧りついた。
ルミもそれにならい、二人で四本の
キュウリを秒で完食した。
「あー、美味しかった!
じゃあラジオ体操行こっか」
「うん!おばあちゃん、
ご馳走様でしたー」
「へぇへぇ、行っといでー」
驚いたことに、ラジオ体操も
あの大音量の町内放送で
行われるのだった。
ルミの住む都会では、
会場の広場や公園にやって来る
役員のおじさんおばさんが
ラジカセで流しながら体操する。
それでも『うるさい』と
苦情を言う人も居た。
なのに、早朝6時半から
村中響き渡る“ラジオ体操の歌”と
それを歌いながら集まってくる
村中の子どもたちや大人たち。
おおらか過ぎる・・・
こうしてルミは、自分の思い描いた
田舎の生活とは少し違う、
村の一日をスタートした。
近くの小川でシジミ貝を探し、
おばあちゃんに味噌汁を作ってもらう
アサリよりも小さいが、
淡白でプリっとしたシジミ貝は
初めて食べるルミを虜にした。
河原に繁茂する背の高い野草、
“ジュズ玉”の黒い実を集め、
毛抜きで芯を抜くと、穴が空く。
そこへ針で糸を通すと、
ネックレスが簡単に作れた。
「わぁ〜!凄い!」
素朴な黒いネックレス。
一粒ごとに、色や光沢が微妙に
違っていて面白く、軽くて美しい。
夢中になって二本のネックレスを
作製した。一本は母にあげよう。
河原にいると、沢山の野鳥が
代わる代わる現れた。
真っ白な鷺、大きな灰色の鷺。
行水するカラス。
チョコチョコ歩くセキレイ。
輝く宝石のようなカワセミが、
器用に水中へダイブして
小魚を獲る姿に感嘆する。
息を潜めて眺めていると、
トム・ソーヤーになった気がした。
夕立の雷雨が去った庭で、
畑のスイカを親友と食べた。
サイズは小さいが、濃厚な甘さと
夏草の香りを持つ美味しいスイカ。
中には実が黄色いのもあり、
珍しくてテンションが上がった。
ある日、一人で村の小道を
歩いていると、側の植え込みが
ガサガサと揺れた。
猫?
思わずしゃがんで覗き込む。
が、猫ではなかった。
「コッ?」
「に、ニワトリ?!」
初めて間近で正面から、
ニワトリの顔を見てしまった。
思いの外、怖い顔だ。
恐竜の目つきをしている。
ルミは思わず、後ろへ跳んだ。
ニワトリは、ふてぶてしい顔で
ルミを一瞥すると、プイ!と
顔を背けてトコトコ歩き出す。
その後ろ姿を、ポカンと見送るルミ。
「野良ニワトリ?いや、ないない」
多分、何処かの鶏小屋から
脱走して来たのだろう。
捕まえた方がいいのかな?
そう思ったが、絶対ムリな気がする。
と、突然ニワトリは道端で
座り込んでプルプル震えながら
小刻みに鳴き始めた。
「えっ?!どどど、どーしたの?!」
駆け寄ったルミをジロリと睨み、
ニワトリはスックと立ち上がる。
「ええーーー?!」
ニワトリの足元に、
薄いベージュ色をした卵が1個。
「たっ!卵生んだ!!雌鶏なの?!」
驚くルミを尻目に、ニワトリはまた
プイ!と顔を背けて歩き出し、
よそのお宅の植え込みを潜って
姿を消した。
「えっ?えっ?生み逃げ?
どーすんの?これ!えーーー?」
ルミは、恐る恐る卵を拾い上げる。
普段見慣れた卵よりも
若干小さい生みたて卵は
殻がシットリと湿っており、
そして、ほんのり温かい。
「うわぁー・・・」
それを持って帰って見せると、
親友の祖母はわははと笑い、
茶碗にご飯をよそってくれた。
「ええモン拾ったな、この上に
割って食べな。美味しいで!」
数分前に生まれた卵を、
白いご飯に割った。
白身が垂れずにご飯の上で、
低い山を形作り、またその上に
オレンジ色を帯びた小ぶりの黄身が
こんもりと乗っかってキラキラ輝いた
生まれて初めて、卵かけご飯を
“美しい”と思った。
少しだけ醤油をかけて、
しばし戸惑ってから、黄身を箸で崩す
黄身はすぐには崩れず、
箸の先に弾力で抵抗したあと、
プツン、と手応えがして破れ、
中身が溢れ出した。
一口食べた時、ルミは思った。
天使の食べ物だ!
天使の主食は知らないが、
きっとこんな味だろう。
そう感じた。
その夏は、ルミにとって
忘れ難い想い出として残っている。
「いいなぁ〜✨️」
ルミの孫のケイタは、
虫や生き物が大好きである。
それは、ルミの息子である父の影響。
息子はルミから、あの夏の田舎での
体験談を好んで聞いて育った。
「ボクも食べたぁい!」
「そうねぇ、卵拾いしに行こうか?」
「行くーっ!!」
最近、ネットで見かけた養鶏場は、
都会から移住した若い夫婦が
平飼で飼うニワトリが生んだ卵を
探しながら拾えると言う。
少し遠いが、ルミがまだ車を
運転できるうちに、孫にもあんな
心躍る体験をさせてあげたい。
幸い、彼の母親もそういった
自然や田舎に嫌悪を抱かないので、
息子に訪れた縁をありがたく思う。
今では遠い昔になった、
あの田舎での暮らし。
夢のような気もするが、
鮮やかな記憶と感触が、
薄れずに残っている。
アヤはどうしているだろう?
元気で居るだろうか?
お互いの家庭を持つと、
遠く離れた友に会うのは
そう簡単では無くなった。
あの田舎を出て嫁ぎ、
また都会で暮らす親友は、
ハイジのように、故郷を恋しく
思わなかったのだろうか?
そうだなぁ。
そろそろ会いに行ってみようか。
そしてまた、二人であの頃の
下らないようでいて素晴らしい
田舎の話に興じてみよう。
ルミは時計を見た。
そしておもむろに、
年賀状から知ってスマホに入れた、
親友のメアドを選択するのだった。
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