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追憶のセントーレア【創作SS】


メモをする癖がついたのは、
サトミが青いメモ帳をくれた、
あの日からだった。


「はい!」

龍一のゴツい掌に、パサリと落ちた
青い小さな手帳。

「・・・何だこれ?」

「メモ帳、知らない?」

「それくらい知ってる。
何に使うんだって訊いてんだ」

「これに毎日、覚えたい花の名前を
書けばいいよ」

「は、花?」

「私、花屋なの」

「知ってるよ」

「手伝うでしょ?」

「何で?」

「無職でしょ?」

「うるせえ」

「だったら手伝ってよ。
花屋って結構、力仕事が多いの」


龍一とサトミは、同郷の幼なじみ。
と言っても、龍一は十代で
家を飛び出したまま一度も帰らず、
音信不通の勘当状態だった。

だから単に、幼児の頃、
一緒に遊んだ時期がある。

それが正確な二人の関係だ。


「いいのかよ?」

ボソリ、と龍一が呟く。

「俺ぁ、前科持ちなんだぞ?」

「あー、そのせいで無職なのよねー」

「お前の商売の、評判悪くなんだろ」

「あのさー」


夕暮れの公園はオレンジ色。

サトミは腰に手を当てて、
夕焼けを背に仁王立ちをした。

「アンタは大物悪役の気になって、
楽しんでるかも知んないけど!」

「誰が大物悪役だよ💢」

「襲われてた女の子助けて、
手加減間違えて急所に入って、
婦女暴行未遂犯が未成年で、
ヤワヤワ野郎で怪我をした。
そんで傷害罪でブチ込まれ?
そんなの悪役でも何でもないから!」

「あー!うるせー!!」

「良かったじゃん?
助けたコが逃げちゃって、
誰だか判んなかったけど、
勇気出して、名乗り出て
証言してくれてさ。
お陰でちょっと入って出ただけで」

「傷害致傷から過剰防衛に。
前科は前科さ」

「コレに懲りたらそろそろ、
ヤサグレ気取りは辞めなよ。
ショボい商売だけどさ、
アタシとお花屋さんやろう!」

「だから!お前の得になんねーぞ!」

「えー?得しかないでしょ?
激安の人件費で、チカラだけ有り余る
働き盛りの三十路男をコキ使えて!」

「お前!俺を何だと思って・・・」

「龍ちゃんは、龍ちゃんと思ってる」

「は??」

「ちっちゃい頃からな~んも変わらん
龍ちゃんだって言ってんの」

「何言ってんだ。ガキの頃の俺しか
知らねークセによ」

「だから、変わってないし」

「バカにしてんのか?」

「あーもー!何でワルぶる男って、
バカにされたとかナメられたとか
そんな小っちゃい事怖がんの?
ビビりなの?」

「び、ビビり??」

「うちら女なんてさ、昔から
何やったって、バカにされて
ナメられてばっかなんだよ?
イチイチ怒ってたら身がもたんわ」


龍一は黙り込んだ。

昔からこうだ。
年下で小柄でチマっとした、
サトミにだけは何故か勝てない。

勝てないと普通はカチンと来るのに、
何故だか彼女だけは腹も立たない。

メンツとか矜持とか、
そんな重たい鎧が無駄に思えるのだ。

「俺に花屋が勤まると思うか?」

「やーね、勤めるとか大袈裟な」

「花なんか何も知らねーぞ?」

「だから、今メモ帳あげたでしょ?」

「メモで何とかなる話かよ?」

「まあ、まずは書いてみなよ。
知ってる花の名前、いくつか」

「知らねーって言ってんだろ」

「はい、これもあ・げ・る!」


渡されたのは、龍一には解らない
キャラクター付きのボールペン。

溜息を一つ。
龍一はボールペンをカチンと
ノックすると、暮れかけた空を見た。


グレーがかった暗い青の夕空が、
山の端へ近付くほどに白っぽくなり、
そして名残のオレンジへと
鮮やかなグラデーションを描く。

複雑な山の稜線と、
木々のシルエットがまるで、
黒い紙の切り絵みたいにクッキリと
黄昏を背景に浮かび上がっていた。


幼い日、
夏の小川でこんな景色を見た。

隣には、小さいが口の達者な
サトミが笑っていた。

日暮れまで、泥まみれで
魚やザリガニを捕った。

大きく太ったシジミ貝を集め、
バケツに入れてそれぞれの、
隣り合った家へと凱旋を果たした。

立場の上も下もなく、
男も女も意識なく、
ただ楽しくて、嬉しくて、
毎日笑って過ごした遠い夏。

薄暗くなった川から上がり、
草の生い茂る土手を登った。

足を滑らせたサトミの小さな手を、
強く握って引き揚げた龍一。

『ありがと』

サトミが笑った。

『はい、お礼』

渡されたのは、川原に咲いていた
一輪の青い花・・・


龍一は、ボールペンを走らせ、
無骨な文字で、その花の名を書いた。


矢車菊やぐるまぎく

何もかもが急ぎ足で、
宵闇に染まり始めた世界の中、
ポツリと青いその花の色だけが、
薄闇を凌駕して光って見えた。


「あれっ?!」

覗き込んだサトミが目を丸くした。

「な、何だよ?」

「それさー」

「ん?間違ってるか?」

「私の店の名前なの」

「花屋の?渋い名前だな。
居酒屋みたいだぞ」

「いやいや、その花の洋名。
“セントーレア”っていうの」

「セントーレア・・・?
俺は矢車菊のが好きだな」


その花は、龍一の家の仏壇に
夏場はよく立てられていた。

「ばぁちゃん」

ある日、お参りをする祖母に尋ねた。

「その青い花、何て名前?」

「あぁこれ?“矢車菊”だよ」

「ヤグルマギク?」

「ほら、こうしてみ?」


祖母は花を一本抜いて、
真上から花を見せた。

「鯉のぼりの天辺で、
くるくる回ってる“矢車”に
よく似てるだろ?」

「ホントだ!」

「だから“矢車菊”、菊の仲間だから」

「へぇ〜」


あの川原にも咲いていた、
風に揺れる青い花。

サトミにもらった花の名前は、
優しかった祖母の想い出と共に、
龍一の心に深く根付いた。


古臭くて堅くて冷たい実家。
その中で唯一、龍一の拠り所だった
祖母の逝去と共に家を出た。

ガタイの良さと力の強さで、
体力勝負の仕事を転々としたが、
堪え性の無さと、顔つきのイカツさで
イザコザが絶えなかった。


荒んだ生活の中、
心の中に黄昏が染み入ってきて、
いつしか薄暗い闇に包まれていた。

その中で

凛と咲き続けたのは、
あの日覚えた青い花。


「ねぇ、龍ちゃん」

「ん?」

「花屋、一緒にやってよ」


どうやって調べたのか、
突然宿に訪ねてきたサトミを、
龍一は一目でサトミと判った。

まるでケンカの呼び出しみたいに、
公園に連れ出され、今ここに居る。

事件と裁判のせいで、
職を失った幼なじみへの哀れみか?

それをスンナリ受け入れられるほど、
龍一の半生は、平らかではなかった。

仕事の話は断ろう。

そう決めて口を開きかけると、
先にサトミが声を出した。


「そんでさ、相談なんだけど」

「相談?」

「一緒に暮らさない?」

「は?そんなの無理に
決まってんだろ!独身の女が何を…」

「独身じゃなきゃいいじゃん」

「?」


サトミはあの頃と変わらない、
無邪気な笑顔を見せた。


「結婚しよう、私たち」


すっかり暮れた空の下で、
唖然とした龍一を、
宵の明星、金星だけが
笑って見下ろしていた。



綺麗に磨き上げた、
黒御影の墓石の前に、
龍一は自分で作った
青い矢車菊の花束を、
今年も供える。

「よう、機嫌はどうだ?」

花に向かって、龍一が問う。

「俺はさ、何とかやってるよ」


サトミが突然の病に倒れ、
龍一とは住む世界を違えた日、
祖母の死以上の酷い喪失感で、
彼は闇の底に居た。

やっと見つけた安らぎの日々。
それを突然奪う、運命を呪った。

生花店に戻り、明かりを灯すと、
そこにはサトミの仕事の跡が、
そのまま残されていた。

お昼前、配達から戻った龍一は、
土産に買ったシュークリームを
パサリと床に落とした。 

呼んだ救急車の隊員は、
サトミを色々調べた後で
立ち尽くす龍一に、頭を下げた。


サイレンを鳴らさずに去る救急車。
病死の証明がされていたから、
やって来た警察官は、簡単な質問で
発見時の様子だけを記録した。


作業台の上には、
サトミが半分作りかけていた
ピンクのバラと、カーネーションの
お祝いの花が残っている。

注文書には、子供の字で書き込まれた
バースデーカードが付いていた。

夕方に、この子らが花を
受け取りに来ると記されていた。

もうあまり時間が無い。

サトミの口癖が、耳に蘇った。


『うちらの都合なんて、
お客さんには関係無いでしょ?』


「俺が・・・」

何十年も枯れていた、涙が溢れた。

「作れっこねぇだろ?
こんな可愛らしい花なんてよ」


諦めようと思ったが、
龍一は思い立ち、おもむろに
事務デスクの引き出しを開いた。

並んでいるのは、たくさんのメモ帳。

その中から、一番古い青の一冊を
龍一は取り出し、ページを繰った。


🌸アレンジメントの作り方🌸


サトミの文字と、
マンガ的なイラストで解説された
花かごの生け方が書いてある。

一通りは教わったが、
サトミの作ったものと比べると、
人様から金を取って渡せる出来とは
思えたことが無い。

どうしてもサトミの手に負えない、
大量注文の場合など以外に、
龍一が進んで商品を作ることは
無いまま今までを過ごしてきた。


メインのバラとカーネーションは、
既にサトミが生けていた。

少し渇いたスポンジに水を足し、
龍一はサトミ愛用のハサミを
右手で握った。

「子供、ガッカリさせるワケには
いかねぇよな?サトミ・・・」

心の中で、笑顔のサトミが
大きく頷いた。


何とか完成した小さなアレンジは、
最初で最後の二人の合作となった。

セロファンで全体を包み、
両端をクルリと捻じると、
そこにピンクと赤の二本を合わせた
細いカーリングリボンを結ぶ。

長く残して切ったリボンの端に、
ハサミの背を当て、強くしごいた。

クルルル・・・

リボンの、長い尾が丸まって、
バネ状の飾りに仕上がる。


「・・・出来た」


メッセージカードをピックに貼って、
隙間から差し込むと、完成だ。


「どうだ?コレでいいか?」

問いかけに返事は無い。

『うん!いいよ!やればできる!』

そう言って笑う彼女が、
もうここに戻ることは無いのだ。

自動ドアが開き、
ドアベル代りの風鈴が鳴る。

「いらっしゃいませ」

若い父親と、幼い息子が
出来たばかりの花を受け取ると、

「可愛い!」と、笑顔を見せた。

注文時に会計してあるので、
二人は花を抱えて店を出た。

「ありがとうございました」

静かに頭を下げた龍一に、
男の子が手を振って叫ぶ。

「また来年も作ってね!!」


サトミが居ない“セントーレア”を、
一人で続けるつもりは無かった。

それでも・・・


「来年、あの坊主がまた来た時、
店が無いなんて可哀想だよなぁ」


そう呟いて見上げた空は、
あの日と同じ、茜色。

たった一つ輝いたのも、
あの日と同じ、宵の明星。


街の小さな生花店、“セントーレア”

そこに行けば、顔は怖いが優しくて、
腕が良いと評判の店主が今も、
静かに客を迎えてくれる。

「いらっしゃいませ」


あの川原には、今でも青い矢車菊が
風にそよいで咲くのだろうか?

なあ、サトミ。

いつかまた、一緒に見ような。



日暮れの川原に咲く、
一輪の矢車菊


※※※ 了 ※※※


✩この物語は、↓ のお話の
スピンオフ作品です。


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※小牧幸助 様
今週もよろしくお願い致します🙇

素敵なお題を有難うございます💐


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