ローカル線ノスタルジィ〜姫新線の昔話〜
【シロクマ文芸部:晴れた日に】
※小牧幸助様主催のお題に寄せて
晴れた日に、故郷の町を訪れた。
幼い頃から慣れ親しんだ、
駅近くの踏切で写真を撮る。


JR姫新線。
“姫”は始発の兵庫県姫路駅。
“新”は岡山県の、新見駅を
表している。
1時間に数本の
ローカル単線なので、
一度通った列車の後には
そうすぐに踏切が鳴ることも無い。
特にこの駅と、市境を越えた下りの
次駅との距離は、都会住まいの方には
考えられないほど遠いのだった。
(都市部の電車なら5駅分ほど?)
直前に通った列車が次駅に着き、
そこでですれ違わないと、
反対行き列車が発車できない。
それが田舎の単線列車だ。
実にのんびりしている(笑)

今でこそ、こういった外見の
どこぞ都会のお古車輌を
お下がりしたっぽい車体が走っている
しかし、私が社会に出た頃までは、
まだ、赤いディーゼル車を先頭に、
客車はまるであの、銀河鉄道999と
そっくりな青い客車であった。
車内の床は、木製の板張り。
ワックスの油っぽい匂いがしていた。
客車の座席は対面ボックス型。
緑のシートはベルベットっぽい
肌触りのものだ。
そう。
あのメーテルと鉄郎が座っている
座席とまるでソックリである。
おそらく、作者の松本零士先生も
このようなローカル線を
利用されていたに違い無い。
年代的には、夫と同年代くらいか?
ならば辛うじて、ディーゼルに代わる
前の時代、蒸気機関車の記憶を
お持ちなのかと思う。
きっとその記憶から、
銀河鉄道999のデザインが
生まれたのだろうと想像する。
夫は覚えていると言うが、
私には蒸気機関車の記憶がない。
少し年の差があるせいか?
物心付く頃はもう、赤いディーゼルが
客車を引いていた。
客車の天井には丸い照明が設置され、
夜にそれが灯ると、車内には
温かみのあるオレンジ色の光。
ハッキリ言って、薄暗いのだが
それがまた、味わい深い。
デッキのドアは手動式。
走行中でも普通に開けられるのだ!
夏は暑いので(エアコン無し)
なんと!!
ドアが開放されていた!!
今では絶対にあり得ない💧
それでも落ちた人は居なかった。
現代にあんな状態だと、
スマホに夢中の乗客たちが
わんさか落下するだろう。
呑気な時代であったものだね🥹
田舎の小さな町の住民は、
皆、このローカル線のお世話になる。
遊びに出るのも、買い物も、
通学、通勤、そして通院と、
およそ“通う”と言えば、姫新線。
人口もたかが知れており、
毎日乗っていると、何となくそれぞれ
居場所が決まって来るので
自然と顔見知りになる。
同じ方面に進学や就職をすれば、
同級生が固まって、近況を話したり
時には恋の悩みを相談したりした。
田園風景の中、ガタゴト走る列車。
あの客車の中には、たくさんの人の
想い出や青春も共に乗っていた。
高校も、姫新線で通った。
一緒に通う女子は一人だけ。
私より二駅長く乗る彼女と、
三年間ともに列車に揺られた。
あれは秋の終わり、
文化祭の準備で遅くなった日の
帰りだった。
本数が少ない姫新線を、
彼女と私は長い時間待って
いつもより少し遅い列車に乗った。
二人で談笑していると、
ガラの悪い青年グループが
絡んできたのだった。
制服の現役JK二人。
逃げ場も無く、ちょっと困っていた。
車掌さんが一度、
連結部ドアの外に見えたのだが、
状況を見てビビったらしく、
ドアを開けずにクルリと回れ右。
スタコラ逃げてしまった。
ちょっとぉーー!💦
まだ携帯も無い時代。
助けを呼ぶすべも無い。
その時だった。
ガラッ!!
連結部のドアを開け、
二人組の男性が入ってきた。
一人は若く、黒っぽいスーツだが、
ネクタイの柄が尋常ではない。
明らかにヤバそう💧
もう一人は決定的にヤバい雰囲気だ。
坊主頭に、ものすごい剃り込み。
夜だというのに金縁の
紫色のサングラスを掛けて、
大きく開いた真っ赤なシャツの
胸元に輝く金のネックレス(極太)
ガニ股で歩く白い靴の先たるや、
ゲッターロボ2号のドリルくらい
尖っているではないか!
ちょっと普通ではない二人連れに、
私たちに絡んでいた青年たちは、
一瞬黙って固まった。
「あれっ?!」
坊主のオジサンが、
私を見て大きな声を上げた。
「おー!久しぶりやんけ!」
紫のグラサンを外し、ニコニコと笑う
「あっ!おっちゃん!」
何と!
コワモテの◯クザ風の男性は、
私の父の幼馴染で近所の出身。
昔よく遊んでくれた面白い人だ。
若くして家を出て、
飲食店を経営していると聞いてたが、
こんな所で数年ぶりの再会!
「ちょっと兄ちゃんら、退いてんか?」
おっちゃんがそう言うと、
絡んでいたグループは無言で、
脱兎の如く去ってしまった。
おっちゃんは、私の隣にドッカと
座り込んで大股開き。
「へー、あの高校行っとるの?
制服可愛いやんけ」
「ありがとう。
絡まれて困ってたんや。
助かったわ!」
「あれ?そーやった?
なんやー、知ってたらシバいて
やったのにな!」
そう言っておっちゃんは、
豪快に笑って巨大なワニ皮の
財布を出した。
「少ないけどコレで、
二人でパッフェーでも食ってき」
そう言って、チョキの間に聖徳太子の
5000円札を挟んでヒラヒラさせた。
「いや、おっちゃん、それはアカン」
「なんでや?」
「お父さんに言われてるから」
「何や、お硬いなぁ。お父ちゃんも
昔はヤンチャしとったのによぉ」
おっちゃんは残念そうな顔をしたが、
結構素早くお札をしまった。
「ならまた二人でおっちゃんの
喫茶店に来たりぃな。ナポリタン
美味いんやで〜」
金歯を輝かせてそう言うおっちゃんに
私はきっと行くと返事した。
後日、友人と二人で
おっちゃんのお店に行ってみた。
ちょっと女子高生が入る感じの
入口では無かったが(笑)、
おっちゃんは大喜びの大歓迎で、
美味しいナポリタンを山盛り
ご馳走になり、クリームソーダも
セットで無料にしてくれた。
父が以前、おっちゃんの事を
「強いやつにはケンカを売りたい
困った性分だが、本当は優しくて
寂しがり屋」
と言っていたが、
それはピッタリ合っているな。
そう感じた。
またある夏の夕暮れ時。
私は一人で窓際の席に着き、
本を読んでいた。
下り列車との行き違い待ちで、
しばらく発車しないのだ。
駅に沿って通る側道は、
近くの小学校の通学路。
チャイムの音が聞こえると、
数人の田舎の小学生男子たちが
歓声を上げながら駆けてきた。
一人の男子が、手に何か長いものを
持ちながらクルクル振っている。
突然、私の背後の席の窓が開き、
男性が大声で叫んだ。
「ちょっと!そこの坊や!!
それは蛇の抜け殻じゃないか?!」
確か、後ろの席には都会言葉
(※標準語のこと)のサラリーマン。
恐らく関東方面からの出張だろう。
蛇の抜け殻が余程珍しいらしく、
小学生に呼びかけ続けた。
「坊や!それをこっちに見せて
くれないか?坊や!坊や!!」
しかし、小学生は完全スルー。
無理もない。
この辺りの小学生男子たちは、
『坊や』
という呼称が自分を指しているなどと
思ってもいないのだから(笑)
サラリーマン二人組は、
無言で窓を閉めた。
残念だったね、お兄さん。
ここらじゃ蛇の抜け殻くらい、
シーズンならあちこちで見つかるよ。
何なら穴場を教えてあげるのにねー😆
そんな事を思う間に、
下り列車がやって来て、
無事にすれ違いが完了した。
ディーゼル車のエンジン音が
大きく唸り始め、夕暮れの景色が
ゆっくりと流れ始めた。
防災放送のスピーカーから、
『赤とんぼ』のメロディーが
山々に反響しながら聞こえる。
そんな、美しい田舎の車窓風景は
今でも私の胸の中に鮮やかだ。
世はまさに、スピード化の一途。
タイパとかいう言葉も使い慣れ、
何もかも無駄を省き、時短時短で
毎日が目まぐるしい。
だから、たまには姫新線みたいな
単線ローカルに乗り、
山や川を眺めながら、ボンヤリと
レールの音を聞きたくなるのだ。
あの頃とは、きっと車窓の景色も
変わってしまったろうけれど、
廃校になった母校や、
今では彼岸の住人になった
父とおっちゃんの友情などにも
想いを馳せてみよう。
そうだな。
あの鉄橋を渡る河原が、
一面の菜の花に黄色く染まる頃
小さな列車の旅をしよう。
そう、
やがて来る春の、晴れた日に。

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