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カギを握る「北海ブレント」

ニュース Tradingeconomics
トランプがイランに厳しい攻撃を警告した後、ブレントが急騰
ブレント原油先物は木曜日に8%急騰し、バレルあたり109ドルを超えました。ドナルド・トランプ大統領がイランとの対立が数週間続く可能性を示唆し、米軍の行動が強化されると警告した後のことです。
彼の発言には、今後数週間でイランに「非常に厳しく」攻撃するという誓いが含まれており、ホルムズ海峡の再開に向けた明確な道筋が示されていないことから、世界の石油供給が長期的に混乱する懸念が高まりました。市場は停戦や外交的な信号がないことに反応し、供給の逼迫に対する懸念を強めました。一方、英国は約40カ国とのバーチャル会議を開催し、重要な航路の再開に向けた選択肢を探っていますが、米国は参加しない見込みです。opec...
2026-04-02

ブレント原油がさらに上昇
ブレント原油先物は、バレルあたり109ドルを超えて7%以上急騰し、ほぼ4年ぶりの高値を記録しました。市場はペルシャ湾での戦争からの供給リスクの大きさを再考し、変動の激しいセッションで勢いを取り戻しました。アメリカのトランプ大統領は、テヘランがアメリカの停戦条件を受け入れない場合、今後数週間でイランとそのインフラに対する攻撃を強化することを約束し、テヘランは攻撃的な発言に対抗しました。オマーンとイランがホルムズ海峡を通過するタンカーの通行料を調整しているとの報道を受けて、原油と製品の価格は一時緩和しましたが、供給の正常化に対する楽観的な見通しは短命で、エネルギーのベンチマークは反発しました。2026-04-02

ブレント原油
ブレント原油は世界中の原油購入の主要な基準価格です。ブレント原油は北海から供給され、ヨーロッパ、アフリカ、中東から西に流れる原油生産はこの原油に対して価格設定される傾向があります。Trading Economicsに表示されるブレント原油価格は、店頭取引(OTC)および差金決済取引(CFD)金融商品に基づいています。当社の市場価格は、取引の決定の基礎とするのではなく、参考情報として提供されています。Trading Economicsはデータを検証せず、その義務を放棄します。

「北海ブレント(North Sea Brent)」は、イギリスとノルウェーの領海に広がる北海油田から生産される原油の総称であり、国際的な原油価格の指標として知られています。

概要は以下の通り。
特徴: 硫黄分が少なく高品質な「軽質油」で、ガソリンや灯油などの製品を作りやすい特性を持っています。
指標としての役割: 米国産のWTI、中東産のドバイと並ぶ、世界の三大原油指標の一つです。主に欧州、アフリカ、中東産の原油価格を決定する基準となります。
取引: インターコンチネンタル取引所(ICE)のICEフューチャーズ・ヨーロッパで先物取引が行われています。
名称の由来: 北海に位置する「ブレント油田」から算出されたことに由来します。
なお、原油価格は日々変動しており、2026年3月時点の情報では、1バレルあたり約71ドル前後で推移していると報告されています。
金融・証券用語解説 [北海ブレント]
北海ブレント (ほっかいぶれんと) 欧州の北海にあるブレント油田から算出される硫黄分が少ない高品質な原油のこと。 

ブレント原油|- 新電力ネット
ブレント原油とは ブレンド原油とは、主にイギリスの北海にあるブレント油田から採鉱される硫黄分の少ない軽質油のことです。
北海ブレント 読み:ほっかいぶれんと イギリスとノルウェーの領海に広がる北海油田で生産される英国産の原油のこと。  野村證券 AI


猫の目(2026/4)、のように変わる原油価格、それに連動して世界パワーバランスが混沌する世界経済と和平進路 

ニュースを分けて書きました。一つは「新宿歌舞伎町」立ちんぼ報道でした。選んだ理由は、いまだに続く違法性風俗が、公然と広場で続いている実態の報告でした。
違法行為ですから、取り締まり対象ですが、人間の本能行為「性」であり千年来の大衆問題として消えることがない。
そんなことを問いたい、と文にしましたが、これもアルゴリズム対象となるはずですから、選別されるでしょう。

それと、世界「原油価格高騰」経済とはなんの因果もありませんが、同時並行して、社会面に晒されるというのは、何らかの呪術的意味があった、からでしょう。?

それで原油に関するネタを探ってみました。ことある度に、原油高騰が起きると「北海ブレント」という、不明な単語が目に入りますが、これこそが、゛原油価格゛を決定するための厳格な西洋支配指数であるからです。

世界有事が発生するたびに、その原油価格が暴騰する、という不文律は、「経済を活性化」するための起爆剤だ、と揶揄されるのは、案外と筋が間違っていない、とおもってしまうことも、しばしばです。
そんなことで、価格暴騰したのでは、輸入に頼っている日本としては死活問題といっていいでしよう。
ですから、それに反旗を翻した、という歴史話がいまだ金科玉条として語られるのは、現況問題解決にはならないでしょうが、この問題を良く理解するには適切な逸話、として覚えておくべきでしょう。至る所で語られる、昔のタンカー航路出光「日章丸」事件。

■1953年イラン側は、各国の企業と条件面で合意しても、実際の貿易には全く結びついていない前例と、当時国際的にはほぼ無名の中小企業に過ぎなかった出光を見て初めは不信感を持っていたとされるが、粘り強い交渉の末に合意を取り付け、国内外の法を順守するための議論、日本政府に外交上の不利益を与えないための方策、国際法上の対策、法の抜け道を利用する形での必要書類作成、実行時の国際世論の行方や各国の動向予測、航海上の危険個所調査など準備を入念に整えて、日章丸は1953年(昭和28年)3月23日午前9時、神戸港を極秘裏に出港する。

航路を偽装するなどしてイギリス海軍に気付かれないよう航行し、日章丸は4月10日にアーバーダーン港に到着。
この時点で世界中のマスメディアに報じられ、国際的事件として認知された。日本においても、非武装の一民間企業が、当時世界第二の海軍力を誇っていたイギリス海軍に「喧嘩を売った」事件として報道され、連日新聞の一面記事で報道された。4月15日、急ぎガソリンと軽油を積んだ日章丸は、国際世論が注目する中アーバーダーンを出港。浅瀬や機雷などを突破、イギリス海軍の裏をかき、海上封鎖を突破してペルシア湾を抜け、5月9日9時に川崎港に無事到着した。AIOCは積荷の所有権を主張して出光を東京地裁に提訴し、同時に外交ルートでも出光に対する処分圧力が日本政府にもたらされた。
しかし、イギリスによる強引な石油独占を快く思っていなかったアメリカ合衆国の黙認や、快哉を叫ぶ世論の後押しもあり、行政処分などには至らなかった。裁判でも出光側の正当性が認められ、仮差押え処分の申し立ては5月27日に却下された。AIOCは即日控訴するものの、10月29日になって控訴を取り下げたため、結果的に出光側の勝訴に終わった。資料ウキペディア


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