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【九州】国東半島でのバス旅行〈前編〉

こんにちは。もしくはこんばんは。またはおはようございます。
life for headlightsです。
記念すべき初回の記事は、2025年の年末に訪れた国東半島の旅行についてです。中学時代からの友人であるN君と二人で、博多を早朝に出発、深夜に帰宅する行程でした。全国的にあまり著名でない国東で、凄くディープな体験が出来たので共有します!記事がとても長くなりそうなので前編・中編・後編に3分割します。どうぞお付き合い下さい~!

前編の内容

 第一行程 博多→別府
 第二行程 別府駅→亀川駅
 第三行程 亀川→杵築、駅名の由来

この日の行程とそのあらまし(前編)

実行日:2025年12月29日(月)
   年末ダイヤと平日ダイヤが被っていました
天気:晴れのち雨のち曇り
催行人数:二人

第一行程(博多→別府)

さあ、旅の始まりだ!
この日は青いソニック(883系)でした

博多 6:21発 JR九州 特急ソニック1号 大分行き
別府 8:32着 九州ネット早得3利用 2950円
停車駅:香椎、福間、折尾、黒崎、小倉、朽網、行橋、宇島、中津、柳ヶ浦、宇佐、杵築、別府

流石速達列車、別府まで停車駅は多いもののあっという間でした。小倉での進行方向転換は若干ごたつくかな?と思っていましたが全くそんなことはなく。乗り慣れている方ばかりでした。「え、国東半島の玄関口、杵築で降りないの?」と思ったそこのあなた。鋭い!理由は後程書きます。

第二行程(別府駅→亀川駅)

亀の井バス23系統 大分200か281 PDG-RM820GAN

別府駅 8:47発 亀の井バス 23系統 別府医療センター行き
亀川駅 9:11着 360円

福岡~別府区間は西鉄バス/亀の井バス/大分交通/大分バスが運行するとよのくに号(大分県の旧国名は豊後=とよのくに)とJR九州の特急ソニック号が競合しています。それ故、国東半島の玄関口である杵築駅までの一般乗車券より別府までの企画乗車券の方が安い(距離が長い方が安い)という逆転現象が起きます。この日は始発ソニックに乗車し、杵築で降りずに別府で観光しても国東への到着時間は変わらないことが事前調査で判明していたので、時間合わせで別府にてバスに乗ることにしました。
やってきたのは亀の井バスのPDG‐RM。メーカーは日産ディーゼルという現在バスを製造していない会社(現在はUDトラックス)、エンジンは日野、架装は福岡の大手私鉄である西日本鉄道の現在廃業した傘下会社、西日本車体工業というバスオタクには人気の車種です。
このバスで別府駅から北上し亀川駅を目指します。

車内の様子。運賃表示板に見えるのは別府らしい「吉弘温泉前」


途中には温泉が噴出する小道を運行してとても興味深かったです。
無事に定時で到着。
戦前より保養地として栄えた亀川温泉。その往時は駅の連絡橋で詳しく知ることが出来ますのでぜひ。
内陸側(西口)より別府の特徴的なせり出した山が見れました。

亀川駅東口。奥に見える橋は大分道。あんな所によく作ったな、といつも驚かされます。

第三行程(亀川→杵築、地名に関する与太話)

亀川 9:33発 JR九州 日豊本線 普通 中津行き
杵築 9:53着 450円
停車駅:豊後豊岡ぶんごとよおか暘谷ようこく日出ひじ大神おおが杵築きつき

写真は撮り忘れました。確か815系の2両編成。車内乗車率は高く、ほぼ暘谷(ようこく)、杵築(きつき)で降りていきました。難読地名が多い、、あまり書くこともないのでそれぞれの駅名の由来を調べました。

亀川かめがわ

カメ〈神〉、カワ〈川〉。温泉が流れ出る、つまり神が作った霊泉から流れ出る川の意。亀川温泉がある。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

亀川は、848年(承和15年)、地区内を流れる冷川で白い亀が捕獲され、朝廷に献上されたことに由来するという。

亀川温泉|おおいた遺産|大分を彩る120の美しき遺産

どっちやねん。
まあ、どちらにせよ素敵な由来であることに間違いはなさそうです。亀川温泉は源泉がとても熱い(54℃)らしいので入浴を検討される方は気を付けて。

豊後豊岡ぶんごとよおか

開駅当時は、頭成(かしらなり)駅。今の日出町にかつて双成(ふたなり)というところがあり、その頭(先、ほとり)にできたので「頭成」。昭和15年(1940年)から現駅名。豊岡は、豊かな実りを生む岡になりますようにとの願望地名。山陰本線の豊岡駅と区別するために豊後を冠した。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

頭成とは何だろう?と思い調べましたがよく分からず。正保元年(1644年)に制作された「正保郷帳」には記載があり、「頭成湊」としてこの地を納めていた森藩の瀬戸内海に至る重要な港であったようです。願望地名は他にも昭代(昭和の世が良い時代になりますように)、豊田(豊かな田んぼであってほしい)などが全国に存在します。

暘谷ようこく

この地にあたる日出城の別名「暘谷城」をとった新駅名。暘谷とは、日当たりの良い谷の意。城は、慶長7年(1602年)の築城。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

駅の開業が昭和62年(1987年)3月9日と比較的新しめ。日出駅は存在するためこの駅名にしたと考えられます。この法則で行けば姫路駅は「白鷺駅」、仙台駅は「青葉駅」に改名できますね。

日出ひじ

ヒジは、「泥地・湿地」の意。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

速見郡日出町の中心駅。もともとは湿地を意味する「ヒチ」で、濁って現地名になったようです。ただ「日がよく当たる、日の出が見える」という風にも解釈可能なので定説は定まっていなさそうです。

大神おおが

宇佐八幡宮の神官、大神氏の領地。大神郷は、「和名抄」速見郡に見える古い地名である。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

杵築駅とともにサンリオハーモニーランドへの連絡駅でもあります。八幡宮の総本社である宇佐八幡は奈良時代の725年あたりに成立、和名抄は平安時代の938年に成立した書物なので、相当古い地名であることが窺えます。どうやら日出町近辺は昔は奈良時代から存在する「速見」と共にこの地名で呼ばれていたようです。

杵築きつき

正徳年間(1711~1716)以前は木付と書いた。木田村の舟附(船着場)=木田港の意。

JR・第三セクター全駅名ルーツ事典 村石利夫著

出雲大社は古く「杵築大社」と呼ばれていたようですが、どうやら出雲の杵築と豊後の杵築の両者間に関係は無さそうです。ただ両者の「tu-ki」という音韻は動詞の「突く」や「築く」に由来する可能性はあります(地名用語語源辞典 楠原佑介より)。
駅は内陸にある為市街地より遠く、大交北部バスが市内中心部までバスを運行しています。詳しくは中編で記述します。

前編のまとめ

まだ国東半島の玄関口までしか到達していませんが、前編はここまでとさせて頂きます。本題から脱線しまくって申し訳ないのですが、個人的に地名の由来を知ると旅が数十倍楽しくなると思っています(笑)。ご笑納頂けると嬉しいです。
中編は第四~八行程(杵築→豊後高田)を予定しています。
乞うご期待下さい!

ご読了頂き、ありがとうございました!それでは!

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