「事情」が「事実」を飲み込む時――有本香氏の「ペンタゴン発言」に見る、日本教的プロパガンダの正体‼️
はじめに:公共の電波で放たれた「デマ」の波紋
2025年12月21日、NHKの『日曜討論』。政治・社会の諸問題を議論するこの厳粛な場で、ある衝撃的な発言が飛び出しました。保守論客として知られる有本香氏が、日中友好議員連盟(以下、議連)を指してこう言い放ったのです。 「例えばアメリカでは、この議連は国防総省が、中国が日本の世論や政策を中国側に有利に動かすための機関だというふうに報告しているわけですね」
この発言は、単なる「厳しい批判」の域を超えています。「米国防総省(ペンタゴン)が工作機関だと認定した」という、極めて具体的な「事実」の提示でした。しかし、この発言の根拠を巡り、事態は思わぬ方向へと展開します。立憲民主党の岡田克也議員からの公開質問状、そしてイスラム思想研究者・飯山陽氏による緻密なファクトチェック。
そこから見えてきたのは、保守論壇の旗手が陥った、あまりにも「ポンコツ」な情報の私物化と、日本人特有の「心の病理」でした。
飯山陽氏による徹底論破:存在しない「根拠」
12月26日、飯山陽氏は自身のYouTubeライブにおいて、有本氏の発言を木っ端微塵に論破しました。飯山氏といえば、文献を重んじるイスラム思想・文献学者。そのプロの眼から見れば、有本氏の主張は「砂上の楼閣」ですらなく、最初から「砂」しか存在しなかったのです。
まず、最大の誤りは、米国防総省(ペンタゴン)の報告書に、日中友好議連に関する記述は一切存在しないという点です。有本氏は後に「ズバッとは書かれていない」と苦しい弁明をしていますが、飯山氏が指摘するように「ズバッともプスッとも」書かれていない。つまり、ゼロです。
さらに、有本氏が苦し紛れに論点をすり替えて持ち出した「ジェームズタウン財団」の報告書。これもまた、目も当てられない誤謬のオンパレードでした。 第一に、ジェームズタウン財団は民間の独立系シンクタンクであり、国防総省とは何の関係もありません。 第二に、その報告書においてすら、議連が「工作活動を行っている」とは断定されていません。報告書が述べたのは、中国の「統一戦線工作部(UFWD)」と関わりを持つ可能性がある日本国内の7つの団体の一つとして、議連の名前を挙げたに過ぎません。しかも、それはあくまで「予備調査」であり、具体的な影響については「今後検証する必要がある」と慎重な姿勢を崩していないのです。
むしろ、その後の検証では「中国による日本への工作は、日本人の対中感情の悪化や一帯一路への不参加などを見れば、失敗に終わっている」という、有本氏の主張とは真逆の結論すら導き出されています。
なぜ「事実」を捏造してまで「かました」のか
なぜ、有本氏はこれほどまでに明白な嘘、あるいは勘違いを、公共の電波で自信満々に語ってしまったのでしょうか。ここからは私の推測ですが、そこには「保守論壇内のマウント合戦」があったのではないかと思えてなりません。
想起されるのは、島田洋一氏による『正義の味方』での発言です。島田氏は、首相指名選挙前に高市早苗氏から電話があり、「議員定数削減なんて誰もできっこないと思っている」と彼女が語った……という、真偽の定かでない「裏話」を披露しました。 こうした「私は裏を知っている」「私は強い言葉で敵を叩ける」という挑発的なパフォーマンスが、保守界隈では一種の「正義」として持て囃される傾向があります。有本氏は島田氏の刺激的な発言を目の当たりにし、「自分も負けていられない」「もっと強烈な一撃を食らわせてやろう」という功名心に駆られたのではないでしょうか。
その「かましてやろう」という功名心が、冷静な一次情報の確認を怠らせ、願望を事実へと変換させてしまった。その姿は、およそジャーナリスティックな誠実さからは程遠い、「ポンコツ」な失態と言わざるを得ません。
「事実」と「事情」:小室直樹と山本七平が予見した日本人の宿痾
しかし、この問題は有本氏個人の資質だけに帰結するものではありません。ここには、日本人という民族が抱える根深い思考回路が横たわっています。
社会学者の小室直樹氏と、評論家の山本七平氏は、かつて対談本『日本教の社会学』の中で、日本人が「事実(Fact)」と「事情(Context/Emotion)」を峻別できない性質について鋭く考察しました。
「事情」とは、情であり、情緒です。日本人の場合、「こうあってほしい」「こうであるに違いない」という強い「事情」があると、それをそのまま「事実」として見なしてしまう傾向があります。
事情: 中国は日本を侵略しようとしている。議連は親中派の集まりだ。ならば、議連は中国の工作機関であるべきだ。
事実への飛躍: 議連は中国の工作機関である。ペンタゴンもそう言っているはずだ(言っているに違いない)。
この間にあるはずの「検証」というプロセスが、「日本教」という情緒的なフィルターによって消し去られてしまいます。有本氏にとって、ペンタゴン報告書に何が書いてあるかは重要ではなかったのでしょう。「議連が工作機関であってほしい」という彼女自身の、あるいは支持者の「事情」を満足させるために、ペンタゴンという「権威」の名前を勝手に借りてきたに過ぎないのです。
結びに:妄想を事実と信じ込む危うさ
有本氏の誤りは、単なる「情報の読み間違え」ではありません。「自分の信じたい物語」のために事実を歪曲し、それを公の場で拡散したという、言論人としての自殺行為です。
もし彼女が岡田氏の質問に誠実に答えるならば、こう言わざるを得ないはずです。 「根拠はありません。私の思い込みです。なぜなら、私は事実よりも自分の情緒を優先するポンコツだからです」
私たちは、有本氏を笑って済ませるべきではありません。私たちは日々、SNSの奔流の中で、自分の「事情」に合う「事実らしきもの」を無意識に摘み取っていないでしょうか。 「事実」と「事情」を峻別する知性を失った時、社会は「妄想」によって支配される暗黒時代へと逆戻りしてしまいます。今回の「ペンタゴン論争」は、その危うさを私たちに警告する、極めて象徴的な事件だったと言えるでしょう。
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