「核武装安上がり論」は軽率だが一面の真実でもあるのが核の怖さである
核兵器を巡る本音や暴言や脅しや無知な言動が、山びこのように反響しエコーを呼び交感しあって世界中を駆け巡っています。
その元凶は、米トランプ大統領が欧州同盟国への核の傘の提供を止めるかもしれない、と示唆したことです。
核兵器を持たないウクライナが核大国ロシアの侵略に遭い、核を隠匿するイスラエルはパレスチナを徹底破壊し、核超大国のアメリカはうむを言わさずにイランの核施設を攻撃しました。
それらの出来事に強く反応したのが欧州各国の軍備増強であり、平和主義国ドイツ首相の核保有願望さえ示唆する一連の言動です。そこには核大国ロシアへの不信と恐怖心があります。
核兵器を持たない大国のドイツがそうなのですから、核兵器保有国の英仏を除くほぼ全ての欧州の国々が、ドイツと同じ心理状況に陥るのも不思議ではありません。
歴史的な背景と今この時の世論また社会心理が導く欧州の論理的な帰結とは違い、安全保障環境を巡るグローバルな風潮の圧力に押されて、その正体が何であるかも知らないままに思わず発せられたのが、参政党の議員による核武装安上がり発言です。
核兵器開発競争の恐怖はまさにそこにあります。
議員の軽率さをいったん脇に置いて一歩下がって見れば、「核兵器さえあればあの北朝鮮でさえアメリカと対等になる」という主張には一面の真理があります。
ウクライナに核兵器があればロシアはやすやすとそこに攻めこむことはなかった。パレスチナに核兵器があればイスラエルはそこを畏怖する可能性が高い。
イランがアメリカに報復できる核兵器を持っていれば、トランプ大統領は攻撃命令を出す前に小便をちびりまくって大人しくしていたに違いありません。
核兵器は3千発も5千発もいりません。たった一発でもアメリカの中枢を殲滅する能力があれば、あるいは殲滅できるかもしれないとアメリカに思わせることができれば、アメリカはその国に手を出しません。
究極には、もしも1945年時点で日本が核兵器を持っていれば、アメリカに原爆を落とされることはなかった。
だが肝に銘じておこう。
あの時点で日本が核兵器を持っていたなら、凶暴狂気の日本帝国軍は、何のためらいもなくアメリカに先制核攻撃を仕掛けていたに違いありません。
核抑止論の神髄は核兵器一発で核超大国の横暴に対抗できることに尽きます。
だが、核抑止論は必ずどこかで破綻しまう。なぜなら核兵器がある限り、誰かがどこかでそれを使った先制攻撃を仕掛けるのが宿命だからです。
核兵器はそもそも攻撃をかけるために製造されるのであって、「攻撃しない」ための道具ではありません。
一方で誰かに攻撃されないために核兵器を保有するという核抑止論は、攻撃をかけるために核を有している相手が「絶対に攻撃しない」ことを前提に成り立っています。
大いなる矛盾なのです。
核兵器は究極には完全破棄されるべきです。その道程は果てしなく遠い。完全破棄に辿り着く前に人類は核兵器によって自らを完全破壊するかもしれません。
いや軍拡競争が続き核拡散が果てしなく進行すれば人類消滅の危機は必ずやってきます。
先月末、プーチン大統領の金魚の糞であるメドヴェージェフ露国家安全保障会議副議長が、核攻撃を示唆する挑発発言をしました。
すると彼に劣らぬ超「超国家主義者」である米トランプ大統領が 、原子力潜水艦2隻を「(ロシアを攻撃できる)適切な地域」に派遣したと公言しました。
メドヴェージェフ氏はプーチン大統領のパペットに過ぎず、クレムリンの吼える狂犬という役割担っているだけで、実際には何の権限も持っていないとされます。
だが彼の発言は、全てプーチン大統領の意思を代弁していると見るのが妥当です。
要するに世界は、米ロという同じ穴の貉の危険な指導者を持つ国と、それに劣らぬ横暴な自民族主義者のボスが支配する中国、さらに北朝鮮とイスラエル、また核兵器を有して以来物騒な国へと変貌したインドとパキスタンなどによって大きく歪められています。
少しはましに見える英仏でさえも、核兵器を保有する限り、人類を滅亡させる可能性を秘めた危険な狂犬国家であることに変わりはありません。
核抑止論が瓦解するのは、権力者の手に負えない強いエゴが噴出したり、彼らの唯我独尊思想に民衆の狂った興奮が重なったり、権力者間の誤解や曲解また錯誤や軽挙妄動が起きる時です。
そしてそれは明日と言わず今すぐにでも起こりかねません。
人類が確実に生き延びる道は、やはり核兵器の完全廃絶でしかないのです。
