【noteでBL】かわらない味

本記事は、なみさん主催の「noteでBL」参加作です!


▼ジャンル:日常


▼gemini作のあらすじ

30代の大木は、友人・細井と六年ぶりに再会し牛丼屋へ。変わらぬ味に安らぐ中、細井のある告白が、大木の秘めていた独占欲を揺さぶる。年齢による変化と、抑えきれない恋心。不器用な本音が溢れた時、停滞していた二人の関係が動き出す。日常の風景に切実な思慕を滲ませた再会短編。(4074字)




 すき家に来たら何を注文するか。
 
 牛丼並盛りつゆだく、豚汁。
 テーブルに置かれたタブレットから、いつものメニューを選択する。

「大木はもう注文したの? 早っ」

 細井は真剣な表情でタブレットとにらめっこをしている。スーツ姿と相まって、「仕事で重大なトラブルでもあったのか?」と周囲から想像されるかもしれない。

 ここがすき家でなければ。

「細井、お前だけだよ。すき家でそんなに悩む奴は」
「何言ってんの。せっかくのすき家なんだから、心から食べたいものを選ばないと」

 細井は学生時代、いつも集まる四人の中で一番注文が遅かった。いまだにそんな調子なのかと思うと、あの頃の気持ちが顔を出す。

「あまり来ないのか?」
「週一で来るよ」

 これはこの前食べたから、久しぶりにこれいってみるか。そういえば最近カレーを食べていないな。

 細井はそんなことを呟きながら数分悩み、タブレットを所定の位置に戻した。ようやく決まったらしい。
 
「いつ会っても細井は変わらないな」
「そう? そういえば前会ったのはいつだっけ。酒本の結婚式以来だから……三年前?」
「酒本は三十二で結婚したから六年前だ」
「うわ。六年も経ってた。お互い老けるはずだわ」

 そう言うわりに、細井の見た目はあまり変わっていない。昔から四人の中で一番食べ、よく寝て健康。素直で快活な奴だった。今は目の下にくまができてはいるが、この歳になっても学生の頃のような体型だ。それに比べ、俺は腹に肉がつき、毛量を心配する日々だ。

「細井は相変わらず忙しそうだな」
「まぁな。この前の選挙で開票当番に当たってさ。しかも今は税務課だから、地獄の確定申告でやばいわ。さすがに疲れすぎてて、腹いっぱい食わないとストレス解消できない」
「公務員も大変だな」

 労いの言葉をかけたいが、気の利いたセリフが思い浮かばない。ああでもないこうでもないと思案しているうちに、注文した牛丼が運ばれてきてしまった。

「きたきた。うまそう」

 細井の弾んだ声を聞きながら、俺は目の前の光景に驚いた。

「細井、なんでだよ」
「え? 何?」

 細井が注文したのは『牛丼大盛り』と『マグロたたき丼並』だった。

「まだそんなに食っているのか?」
「肉と魚が食べられて腹いっぱいになる。最高の組み合わせだよ」
「ずるいだろう。それだけ食ってその体型は」
「食ったら身体からすぐ出るから仕方がないよな。逆に俺は大木が羨ましい。身体をでかくするには太れるほうがいいんだから」

 いただきます、と手を合わせた細井は勢いよく牛丼をかき込んでいく。紅生姜も一味ものせない、そのままの味の牛丼を。

「それは褒めているのか?」
「もちろん、褒めているよ。というか羨ましい! 俺はもっと体重が欲しい!」

 細井から曇りのない眼差しを向けられ、思わず目を逸らした。咄嗟にテーブルのコップへ手を伸ばし、「何だよそれ」と冗談めかして言うのが精一杯だ。乾いていない喉に、勢いよく麦茶を流し込む。それを飲み込むたび、ごくりごくりとわざとらしい音が鳴った。絞り出した言葉が、己の中に戻ってきたような気分になる。

 ずるい。あの頃と変わらず素直なお前は、本当にずるい。こっちの気持ちなんか知らずに、俺の好きだった顔を向けてくる。

「あっ。あややだ」

 口と手を動かし続けていた細井が、ぴたりと動きを止めた。
 
「あやや? ああ、流れてる曲か。これ何だっけ?」
「桃色片思い! 子供の頃MDに入れて聴いてたわ」
「MD! 時代感じるなぁ。そういえば、細井の実家のあややのポスター、久留米が破ったよな?」
「そうだよ。そのせいで今もあのあややは下半身がない」

 牛丼が半分になったところで、俺は肉の上に卓上のごまドレをかけた。甘辛い薄切り肉とほんのり甘みのあるドレッシングは抜群に合う。そこへつゆが染みたご飯を放り込めば、最高のハーモニー。昔から好きな味変だ。

 俺は大口を開け、それらを丸っと放り込んだ。うんうん、うまい。やっぱりチェーン店はいい。場所が変わっても、どんな時でも、同じ味で待っていてくれるのだから。

「何を笑っているんだ? 細井」
「ん? いやぁ、あの久留米が結婚かぁ、と思ってさ」

 俺たちが出会ったのは大学の履修登録の説明会だった。知り合いのいない俺に、細井が話しかけてきたのが始まりだ。

「俺たち四人の中で一番おとなしいし、恋愛に興味ないって感じだったでしょ」

 細井はマグロたたき丼についていた小袋からワサビを絞り出した。そのまま慣れた手つきで、卓上の醤油をマグロにドバドバと垂らしていく。その量、塩分は大丈夫か? と言いたくなるほどだ。

「なんか寂しいよなぁ」

 細井は少ししょげた声で、マグロのたたきに箸を入れた。

「そういう細井は……付き合っている人がいるだろう?」

 前回会った六年前、結婚式の二次会で酔った酒本が細井に絡み、恋人がいるという事実を白状させたのだ。

「いつの話ですかぁ。とっくに別れてる。なぁ、スプーンとって。箸じゃ食べづらいわ」

 俺は自分の手前にあったスプーンを細井に手渡したが、「ありがとう」と受け取ったその手を見て、再び驚いてしまった。

 予想外に乾燥や皺があり、かなりくたびれていたからだ。その部分だけ、俺よりもよほど老いている。 

「そう、だったのか」
「だから今は一人寂しく過ごしてるってわけ。うん、マグロうめぇ。ん? おい大木、なに笑ってんの?」
「笑ってない。気のせいだろ」

 俺は素知らぬふりをして、まだ温かい豚汁を啜った。

 まずい。豚汁はうまいが非常にまずい。まさか顔に出ていたとは。浮かれ過ぎだ。相変わらずよく食べるな、と眺めていただけなのに。

 細井の恋愛対象に自分は入っていない。可能性がないくせに、今は誰のものでもないという事実が、かつての心を蘇らせる。

「元気出せよ細井。恋人なんかいなくても生きていけるぞ」

 一瞬芽生えた期待は、俺を前のめりにさせた。

「はいはい。いいんだよ俺は。この前運命の相手にも出会ったし」
「は?」

 天国から地獄。この短時間で久しぶりに絶望を味わった。

 学生の頃、細井はけっこうモテていた。同じ学部やゼミの生徒はもちろん、他学部、他学年の誰それと付き合っている、なんて噂は日常茶飯事だった。それを耳にするたびショックを受けた。だから恋愛について細井に訊ねたことは今までなかった。一度も、だ。

「年末に旅行へ行ったんだ。一人旅。そこでしちゃったんだよなぁ一目惚れ」
「ひとめ、ぼれ」
「そう一目惚れ。こんなに俺を癒してくれる存在はいないね」
「そうか……」

 チーズ、キムチ、ねぎ玉、明太高菜マヨ。と、ひと通りのメニューは試したが、結局戻ってくるのはシンプルな味だ。シンプルだからといって味が薄いわけではない。すき家の牛丼はしっかり味が濃く、現場仕事の男達までも満足させるほどの力がある。

 そんなギラついた味が、舌の上から徐々に消えていくような気持ちになった。

「なんか大変そうだからさ、これからはいっぱい貢ぐつもりで」
「は? 貢ぐ?」
「俺にできることはそれくらいだから」

 恋は盲目というが、細井にそこまで思わせる相手なのか。

「細井、一旦冷静になれよ」
「俺は冷静だよ」
「金の使い方に口出しはしたくないが……この歳でそんなことをしている場合じゃない」
「ええ? 何でだよ。別にいいじゃん。少しでも力になりたいんだよ」
「やめておいたほうがいい。相手のためにもならない」
「はぁ? そんなの大木が決めることじゃないよね?」
「それは」

 ここまで言われて言葉に詰まった。そうだ。俺たちは友達だ。それ以上でもそれ以下でもない。

「大木、なんか変だよ」

 細井がどこの誰を好きになろうが、それは細井の自由だ。俺に口出しをする権利はない。でも力になりたいってなんだ。騙されているんじゃないのか。お前はそんな奴じゃないだろう。

「それは、お前が心配だから」

 違う。

「なんだよ大木、大丈夫だよ。さすがに問題ない範囲でやるし」

 違う。そうじゃない。

「違う! お前が……誰かにとられるのが心配だから!」
「へ?」
「あ」

 人間は危機に瀕すると火事場の馬鹿力を発揮するという。俺は今、似たような状態かもしれない。

「その、違う。いや違わない! あ、う」

 せっかく、今まで何事もなく、細井とはいい友達でやってこれたのに。この気持ちは一生、打ち明けるつもりなどなかったのに。

「それはつまり、そういうこと?」

 終わった。俺は恐ろしくなり下を向いた。
 昔のように何も訊かず、ただ牛丼を食べればよかったのだ。

「大木、なぁ大木。これ見てよ」

 細井の声に恐る恐る視線を上げると、可愛らしい生き物が映ったスマートフォンがあった。

「ラッコのメイちゃんとキラちゃんだよ」
「ラッ……コ?」
「めちゃくちゃ可愛いよな」
「あ、ああ……そうだな」
「俺の一目惚れの相手。日本にラッコはこの二匹しかいないんだよ。それを聞いたら守りたくなるじゃん。この可愛い子たちをさ。だから俺ができるのは水族館に行って、グッズをたくさん買って貢ぐことかなぁと思ったわけ」

 細井が画面をタップすると動画が流れた。二匹のラッコはプールの中で浮かび、腹の上で一生懸命食事の貝を割っている。

「とりあえず……これ食ったら大木の家行っていい?」

 チェーンの飲食店は昔から変わらず、いつも同じ味。

 そう思っているのは客だけで、企業は日々改良を重ね、気づかれない形で変化しているのかもしれない。

 いつも一緒にいた仲間が結婚していくように。
 俺の腹に脂肪がたまっていくように。
 細井の手に皺が刻まれていくように。

「いいけど」と言いかけて俺は口ごもる。

「どうした大木」
「細井は嫌がると思う」
「何で?」
「忘れたのか? 俺が片付けられない人間だってこと」

 今も部屋中物だらけで、足の踏み場がない。
 細井はムードも何もないなぁと溜息をつきながら笑った。

「大木のそういうところ、昔から変わってないね」






テーマは
「桃色片思い」
「旅」
「今、そこにある危機」

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