飴色の雨と、水彩のイヤリング(『茶房ココノカ』)
路地裏にひっそりと佇む『茶房ココノカ』。
その扉を開けると、古い木材の匂いと、すこしだけスパイシーなチャイの香りが鼻をくすぐった。
二十六歳の私は、重い肩を落としてカウンターの端にドスンと座る。
カバンの中には、委託先の雑貨屋から戻ってきたばかりの、売れ残ったビーズアクセサリーたちが詰まっている。
「いらっしゃい。雨がひどくなってきたわね」
店主のココノカさんが、飴色の瞳を細めて笑った。
彼女は名前の通り、どこか浮世離れしている。
けれど、すべてを見透かしているような不思議な女性だ。
「……ココノカさん、私、向いてないのかな」
伏し目がちにポツリと言葉を漏らすと、店内に流れる静かなジャズに溶けてゆく。
専門学校生の時、『フラワーノアトリエ』と言うブランドを立ち上げた。
『ミンネ』というネットショップに商品を登録。
3ヶ月目で初めて売れた時は、うれしくてスマホの通知を何度も見返した。
次はイオンモールでの販売を目指した。
一万人の応募から、採用されるのは20人。
5回目の挑戦で、合格メールが届いた。
"よし、私はアクセサリーで生きていく"
専門学校卒業後、私はアクセサリー作家としてスタートを切った。
好きを仕事にする。
それ以上の幸せはないと思っていた。
けれど……。
やっとの思いでつかんだ対面販売は軌道に乗らず、商品はすべて返却。
過呼吸が止まらない。
うつ病の一歩手前かもしれない。
真っ暗な部屋から、ベランダ越しに見つめた空がまぶしい。
玄関に山積みされた段ボール、通帳の残高は減る一方。
"もう、全部やめちゃおうかな……"
幼い頃、家は決して裕福ではなかった。
おもちゃを買ってもらえない代わりに、道端の草花を摘んで指輪を作り、近所のおばさんに「二百円」と言って無邪気に売ったこともある。
あの頃、私の作るものは魔法みたいに誰かを笑顔にできていたはずなのに……。
「ビーズは綺麗だけど、どこにでもあるって言われちゃって」
差し出されたチャイの湯気を見つめて呟いた。
ココノカさんはカウンターの下から一枚の古びた和紙を取り出した。
「これ、使ってみない?」
それは、柔らかな生成り色の和紙だった。
「あなたのルーツは、お金がなくても自分で『価値』を見つけていたあの頃にあるんじゃないかしら。既製品のビーズじゃなくて、あなたにしか描けない色を、もっと大切に閉じ込めてみて」
優しいぬくもりに心が和んだ。
と同時にハッとした。
私はいつの間にか、手に入りやすい材料で「売れそうなもの」をなぞっていただけだったのかもしれない。
和紙の柔らかさを形にしたい!
「自分で作っていこう」そう決心した。
☆☆☆
翌日から、私は自宅で紙をすいた。
和紙に水彩画の具を落とす。
水が滲み、淡い桃色や深い藍色が重なり合う。
それはまるで、あの日道路で見つけた夕焼けや、雨上がりの紫陽花のようだった。
小さくちぎった和紙に、本物の花びらや、浜辺で拾った欠けた貝殻を添える。
それを透明なレジンの中に、そっと閉じ込めた。
苦しんだ分だけ、色彩は深く、柔らかくなった。
一週間後。
私は再び『茶房ココノカ』の暖簾をくぐった。
耳元で揺れるのは、和紙の温もりと水彩の透明感が溶け合った、世界に一つだけのイヤリング。
「あら、素敵な物語を連れてきたわね」
ココノカさんが満足そうに頷く。
窓の外では、雨が上がっていた。
私の心も、レジンの中で淡く柔らかい色の光を反射する貝殻のようだ。
静かに、けれど確かにキラキラと輝き始めていた。
完
