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硝子の中の断罪

帝都の夜は、どろりとした闇につぶされていた。
芝離宮に近い古びた洋館。
その広大な広間の真ん中に、それは鎮座していた。

直径一メートルはあろうかという、巨大なガラスの球体である。
月の光を吸い込んで青白く発光するその球体の中は、なんと時価数十億円とも囁かれるエジプト王朝の秘宝「翠玉のスカラベ」が、まるで無重力空間に浮いてるかのように静止していた。

「ほう、これが君の新しい見世物みせものか。三十面相」

闇に紛れるようにして、ソファーに深く腰掛けた男がいた。
モジャモジャの蓬髪ほうはつに、どこか超然とした眼差し。
名探偵・明智大五郎である。

「いかにも、明智君。この球体は特殊な真空状態で保存されており、わずかな振動、あるいは温度変化さえも感知して、内部の秘宝を瞬時に粉砕する仕掛けになっている。手出しは無用……いや、不可能だよ」

テラスのカーテンが揺れ、シルクハットにマントをまとった怪人が姿を現した。
怪人三十面相だ。
彼は不敵な笑みを浮かべ、ガラスの球体に指先を這わせた。

「この美しさはどうだ。透明な静寂の中に閉じ込められた永遠。これこそが芸術だ。君のような、現実の泥土でいどを這いずる探偵には理解できない?」

明智はゆっくりと立ち上がると、パイプの煙をくゆらせ、三十面相を真っ向から見据えた。
その瞳には、侮蔑でも恐怖でもなく、ただ深い洞察の色だけが宿っている。

「芸術、かね。僕はただの独りよがりにしか見えないな。君は常に他人の目を気にし、虚飾の自分を演じ続けている。ただ、その裏側にあるのは、埋めようのない虚無だ」

明智は、一歩、また一歩とガラスの球体へ近づく。
三十面相の眉がぴくりと跳ねた。

「……何が言いたい」

「君の企みも、この仰々しい仕掛けも、僕にとっては無意味な余興に過ぎないということさ。今の君の言葉、そしてその自信……。フフ、まさに『猜疑心さいぎしん夏炉冬扇かろとうせん』といったところだね」

三十面相の顔から余裕が消えた。

「夏炉冬扇……だと? 役に立たない無用の長物と言いたいのか!」

「その通り。君が僕を出し抜こうと巡らせたその深い猜疑心こそが、今のこの状況では、夏に焚く炉、冬に振る扇のように、全く見当違いで無益なものだという意味だよ。三十面相、君が今触れているその球体……。本物は既に、僕のポケットの中にある」

明智が懐から取り出したのは、紛れのもない、怪しく緑に輝く「翠玉のスカラベ」であった。

「な、何ッ!? では、この球体にあるのは……!」

「ただのガラス細工さ。君が僕を疑い、罠を仕掛けることに腐心している間に、僕は君の『演出家』としての慢心を突かせてもらった。君の変装は完璧だが、君の『心』はいつも同じパターンを繰り返しているからね」

「おのれ、明智……!」

ガシャーンと砕け散る硝子の光芒の中で、三十面相の姿は煙のように消えていった。
明智は独り、粉々になった自画像を見下ろしながら、静かにパイプに火をつけた。

「……自分自身を信じられない男に、安息の地などどこにもないというのに」

硝子の破片には、歪んだ月が何千、何万と冷たく映り込んでいた。







『鏡地獄』からインスパイア受けて、探偵ものをパロディ・オマージュしてみました。
二十面相は、三十面相に、明智小五郎は、明智大五郎に代えて、江戸川乱歩特有の精神的な恐怖と明智の理詰めの説教(心理戦)を意識してみました。イメージに沿っていますか? 
#なんのはなしですか  に合わせて、明智さんの台詞は、デタラメな理屈です。明智さんの圧倒的な自信のせいで、三十面相が律儀にツッコミしています。コント的なシリアスの雰囲気になりました。
エンタメに着地していますか?
鏡のトリックにしたかったけど、推理が思い浮かばず、ガラスの球体にして稚拙な種明かしです。

#なんのはなしですか

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