気づいたら、他人軸の母になっていた
気づいたら、他人軸で生きる母になっていた。自分軸で生きてきたはずのわたしだったのに。
「母になると他人軸になる」
これは避けては通れない「子育てあるある」なのかもしれない。この「あるある」を、今なら言葉にできる。
噂話・悪口に耳を傾けること
井戸端会議に参加すること
群れをなすこと……
いい大人のはずのわたしが、必要以上にいろいろなフリをしていた。
興味がないのに、興味があるフリ
気づいているのに、気づいていないフリ
同調していないのに、合わせるフリ……
愛想笑いを浮かべるたびに、自分の輪郭がぼやけていく感覚があった。
母になる前のわたしなら選ばなかった振る舞いを、「郷に入れば郷に従え」と自分に言い聞かせていた。
それには、三つの理由が重なっていた。
一つは、経験したことのない土地柄を知り、慣れない環境に馴染むため。
もう一つは、学校や子育てとセットの役割をこなすため。
そしてもう一つは、心の成長痛がわからなくもなかったから。
母になると子育てを通じて、心の深海に沈んでいた、幼い頃の思いが浮かび上がってくることがある。その形や重さは人それぞれ違っていても、わたしの中にも、かすかに重なる思いがあった。
誰かの振る舞いにその思いが反応すると、痛みとともに不安や劣等感が生まれ、誰かを下げることで、その場しのぎの優越感に逃げる人がいた。
もちろん、不安や劣等感を埋め合わせるために、他人の心を傷つける言動にまでうなずくことはできない。けれど、その奥にある満たされなかった思いが透けて見えると、人間性まで否定しきれず、つながりに寄りかかりたくなる気持ちもわからなくはなかった。
そこには幼い頃の母の面影が重なり、懐かしさがこみ上げていた。
土地柄を知り役割をこなすためだと言い聞かせながら、目の前に現れる誰かの揺らぎに、どこか放っておけない思いを重ねていたのかもしれない。
気づけば紙一重の優しさと弱さから、心の成長痛の話に「うんうん」と耳を傾けている自分がいた。
相談をされれば、わたしなりに応えていた。
本当の優しさではないとわかっていながら。
やっかいなことに。
本当は何も言いたくなかった。
聞かれたくもなかった。
その場にさえ、いたくなかった。
「どう思う?」と振られるたびに、言葉を選ぶ。
気づかないままでいることも、いつか自ら気づくことも、その人の人生の一部として、これまでと同じように、人の心に土足で踏み入ることは避けたかった。自分の輪郭が、誰かの求める輪郭へと削られていくようだった。
母になる前のわたしは、人との境界線を踏み越えることも、踏み越えられることもなかったはずだ。アクセルとブレーキを踏み分けるように、少し踏み外すことはあっても、ハンドルを手放すことはなかった。
噂話・悪口からは距離を置く
井戸端会議は適当なタイミングで切り上げる
一人でいたいときは一人でいた
そうして積み重ねてきた、未熟ながらも揺るぎない自分軸があった。その根幹には、生まれ持った気質や育ち、自主性や主体性を重んじる環境、自分なりの美学もあった。
それなのに母になると身を置く環境が変わり、学校、PTA、習い事……と、どうしても避けては通れない役割が増え、人間関係も増える。
以前だったら、ちょうどいい距離でいられていた人間関係も、慣れない環境のうえ「良き大人」「良き母」というバイアスがかかってしまい、少しずつ自分軸と他人軸のバランスが傾いていった。
違和感を抱きながらも、頭では自分の答えを持ち合わせていながらも、全方位に気を遣い、周囲に合わせるフリをしていた。
「何やってんだ……わたし」
無理はいつまでも続かない。
きっかけは何だったのか、何度思い出そうとしても思い出せない。
学生時代のわたしは「だって、わたしだもん」でいられた。自由と責任ある環境で学び働き、肌に合っていた。依存と支配とは無縁の場所にいたはずだった。失敗にすら意味を見いだしてきた。気づいたときには、自分の輪郭の点と点が、線にならなくなっていた。
自分以外の誰かのためだと思っていた。けれど、本当は自分の何かを守るためのものだった。誰かに「合わせてる」と指摘されても、守りたい何かがあった。
それは、わたしの代で小さな連鎖にお別れすること。
自分の持てなかったものを子どもが自然に持つと、言葉にならない感情を抱くことがある。わたしの人生に光が当たるほど、影のようなものは深くなっていくのを感じていた。
その奥には、いつからか行き場のない何かに掻き立てられ、母が味わえなかった人生をなぞるように生きながらも、それをギフトのように受け取り、より深く味わおうとしていた。
けれど、光が当たれば当たるほど、幼い頃の思いの引力に逆らえず、懐かしいつながりの方へ寄りかかってしまうこともあった。
そんな日々の中、我が子がわたしにためらいなく反抗した言葉を放ったとき、届いていた確かさに触れ、ずっと頭の片隅にあった業の一つが終わったかのように、静かな安堵に近い喜びに包まれた。
視界がにじんできた。
行き着いた答えは「子どものためでもある自分軸」だった。その軸からはじまる小さな選択の積み重ねが、自分の輪郭を取り戻していった。
振り返ると、新しい環境で必要以上に合わせ過ぎてしまい、一時的に自分軸と他人軸のバランスを崩しただけだった。昔の自分に戻ったような感覚の上に、新しい自分が上書きされたような気がした。
「母になると他人軸になる」という「あるある」は、母になる前のやり方では通用しなくなっているのに、まだ母になった自分に、アップデートしきれていないからかもしれない。
あのときモヤモヤが言葉になったことが、自分に許可を出すきっかけになり、何かが動きはじめ、そして今、文章を書いている自分につながっている。
あんなに他人軸にならなくてもよかったのに、と思う反面、たとえ時間を戻しても、たぶん同じ選択をする気がしている。
これからも今まで以上に自分軸と他人軸のバランスを取りながら、混じりけのないわたしでいられるようアップデートし続けたい。
それは、わたしが幸せでいることが、子どもの幸せにつながっていることを、日々の生活がそっと教えてくれているから。
もしかしたら、今頃どこかの井戸端会議で「最近あの人付き合い悪いわよね〜、実は前から思ってたんだけど〜……」なんて、噂されているかもしれない。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたお気持ちは、言葉にしていくための活動費として、大切に使わせていただきます。