「味わう」が生み出す、コミュニケーションにおける静かな一体感。
先日、こどもたちとBBQをする機会がありました。
そのときに、火の起こし方を教えたんです。
手袋をつける。
炭を組む。
着火剤に火をつける。
酸素を送って、火を強くしていく。
炭を足していく。
ひとつひとつの過程を教えていきます。
こどもは火が好きなんですね。
そのときは、いつもは騒がしいこどもたちが、じっーと、その過程をみつめていました。
僕の話も、じーっときいてくれていました。
ドキッとするくらいに。
静かな時間でしたが、話をしているこちらとしても、とても心地のいい時間でした。
その場に、静かな一体感が生まれていました。
さらにこどもたちは、木の匂い、手袋の感触や、火のゆらめき。炭のパチパチする音、火が燃え移っていくその瞬間までをも、味わっているようでした。
ただただ、全身で感じている。
一体になっている。
そういう感じでした。
そのとき気づきました。
あ、味わうって、こういう感じなのかもしれないって。
とてもシンプルで単純な気づき。
それが「何味か」というのも、大切だけれど。
「味わう」という、そのこと自体に意味があるのだということ。
僕は。
「味わう」っていうと、これはどういう味なんだろう? とか、余計なことを考えがちです。
自分のものさしで、判断が入ってしまう。
けれど、こどもたちをみていて、味よりも、味わうことそのものが大切だと思いました。
味は、あくまでも味わったうえでの結果であり。
味わっている時間そのものが、一体感を生む。
だからまずは。
ただただ、味わう。
味わっているその時間を味わう。
それがセッションおける、1つのコツなのではないかと思います。
