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【画廊探訪 No.105】モダンの亡霊に取り憑かれた現代の似姿――山内康嗣個展『マスカレード』(Gallery Face to Face)に寄せて――

モダンの亡霊に取り憑かれた現代の似姿
――山内康嗣個展『マスカレード』(Gallery Face to Face)に寄せて――
襾漫敏彦

 暮らしの中で、我々が触れるものには、表にあって見えやすいところと、かくれて見落としがちな部分がある。美術や工芸の作品では、その違いは、小さいものではない。工芸の世界では、そのかくれた部分こそが、ものを支える要(かなめ)の石であったりする。

 工芸を学んだ画家である山内康嗣氏は、アクリルをベースとしたポップな作品をつくる。彼は都会の交差点など即物的なスナップ写真のような図像を基に、鮮やかな色彩を距離をとるようにぼんやりと配色した下図をつくる。その上に凹凸をきわだたせる輝きの陰影の波動として、ニスと樹脂で作った装飾を、ライティングするように加えていく。そして、光に照らされなかった部分には、粒子の点滅を漂わせていく。山内氏の装飾の層を重ねあわせていく手法は、写真をベースとしてコラージュや、陶器や漆器、そして襖にあしらわれる装飾にも通じている。

 言語の一種であり、世界を描出した美術は、ルネッサンスにおいて人間を発見する。けれども世界や社会の中に投げだされた個人の寂寥をテーマとするのは、戦乱や疫病を通過して、もっと時代が下がってからであり、そのことを厳しく感じ始めるのは、一九三〇年代であり、そこでは、全体と個、現実とイデアが、いれかわるように現れてくる。
 このことは、ダダやシュールレアリズムという変化にもかかわっているし、日本でも『光画』という写真雑誌にも前衛的な取り組みがなされた。それから百年、問題は解決したのだろうか。
 疫病のようにあらわれる近代の亡霊から抜けきれぬまま、現代は光を見失っている。光の影となる部分に重きを置いた山内氏の試みは、似姿を支えるものへの問いかけを含んでいる。

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山内さんのオフィシャルサイトです。


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