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【画廊探訪 No.092】削り落とした木屑を、体にまとわりつかせて  ――浅野井春奈「きらめくみみかざり」 に寄せて――

削り落とした木屑を、体にまとわりつかせて
――ギャラリー・フェイス トウ フェイス個展 浅野井春奈「きらめくみみかざり」 に寄せて――
襾漫敏彦

 画布の上に図像を記号として重ねていく絵画は、足し算の芸術である。構図で空間を切り取る写真は、引き算の芸術といえるだろう。木の中から姿を彫り出していく木彫りは、求める所にフォーカスをあてていく引き算の芸術といえる。

 浅野井春奈氏は、木彫りを土台として、作品を多面的に表現する作家である。彼女が好んで使う樟は、技巧を越えて、香りや木目が樹木の命の力動のように溢れてくる素材である。彼女は、その上に、様々な技法を使って装いを加えていく。それは、像の外側にある空間の意味をアクセサリーに変えて、その全体に飾りつけているようである。

 装うという行為は、社会との関係性を肉体に飾りつけることともいえる。浅野井氏の手法は、いわば化粧に近く、その作品は、彫像というよりも塑像というべきかもしれない。
 人類は、自分を超えた世界を問おうとする。そして遮断された建物の空間の中に、全てを表現しようとする。システィーナ大聖堂、東寺の講堂、ウィーン分離派、洋の東西を問わず枚挙に暇もない。
 けれども、理想に手が届いたと思った瞬間、大伽藍は崩れはじめる。飾りたてられた全体の中で、人は寂寥を感じ始め、孤(ひとり)であることを自覚する。そして個を問い始める。

 個は、今や、あけっぴろげな陽光の降りそそぐ天地に放りだされている。浅野井は、個の場所から世界との交わりを問う。彼女は個の肉体を伽藍として大地に散乱した瓦礫を並べていく。けれども、拾い集めた瓦礫のアクセサリーは、等価な意味しか持たないことを浅野井は、よく自覚している。


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浅野井さんは、インスタグラム、ツイッター、Facebookでも作品を紹介されています。

浅野井さんのウェブサイトです。





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