医療器具のレリーフ 【No. 33 エジプト旅行記(でん子の冒険 3832話SP) 】2026年6月17日 水曜
アスワンに戻ると、私たちの帰りを待っていたかのようにクルーズ船が停泊していました。昼食を楽しみながら、船はゆったりとナイル川を下っていきます。夕暮れ時、たどり着いたのは川岸に静かに佇む「コム・オンボ神殿」。次第に闇が迫り、ライトアップされた巨石が夜空に浮かび上がる光景は、息を呑むほど幻想的でした。
ここは、エジプトでも非常に珍しい「二重神殿」です。建物は見事に左右対称に設計されており、向かって左側はハヤブサの神・ホルス、右側はワニの神・セベクという、二柱(ふたはしら)の動物神にそれぞれ捧げられています。

自然界の神々を祀っているからでしょうか、石柱の頂部(柱頭)を飾るのは、一つひとつ異なるデザインで表現されたパピルスや蓮の花、あるいはその蕾。その精緻な美しさに圧倒されますが、驚くべきは壁面にびっしりと刻まれたレリーフの内容です。

そこには神々の物語だけでなく、当時の人々の生々しい生活の記録が刻まれていました。カバと戦う男たちの姿や分娩の様子、さらにはメス、鋏(はさみ)、ピンセット、鉗子(かんし)といった、現代の外科手術でも使われているのとほぼ同じ形の「医療器具」までもが克明に描かれているのです。ふと見上げれば、天井のレリーフには当時の鮮やかな色彩が今もなお残っていました。

2000年以上前の人々が抱いていた信仰と、高度な医学的知識。ピラミッドやツタンカーメンの黄金といった象徴的な至宝だけでエジプトを知った気になっていたのが、まさに「序の口」であったと、この地を訪れて改めて思い知らされました。
