【TR014】noteはサードプレイス【補足解説】 -居心地良い場所💖-
先日、サードプレイスを取り上げた記事を見返したら、結論がさらっと、悪く言えば ”雑” に書いてあって、自分でも分かりにくいなと・・・😅
という訳で、先日の記事の【補足説明】をしようと思う
前編はこちら(【TR013】noteはサードプレイス-居心地良い場所💖-)
具体的には、オルデンバーグの提唱する『インフォーマル・パブリック・ライフ』と『サード・プレイス』の関係図と、BLUEのイメージ図が、見た目が酷使していて、何を主張したいのか、noterのみなさんには伝わらないなぁ〜と内省🌱
その分かりにくい結論のページがこれだ‼️✍️

右図:BLUEの『インフォーマル・パブリック・ライフ』と『サード・プレイス』の関係図
両者は同じような図だが、BLUEはどこに着目して、その違いに気付いてもらいたいのか、
言語化が全然足りてな〜い😱‼️
そこで、今回はこのページを左右に分けて、ひとつずつ解説(補足説明)していこうと思う🤗
まず、左図のオルデンバーグの関係図から補足説明

ここで、パーソナルスペースを登場させ、ゾーン毎の距離感と、アドラーの3つのライフタスク(対人関係の課題;ラブタスク、フレンドシップタスク、ワークタスク)を関連付けてみるこんな感じかな🤗

さらに、先ほどの3つのプレイスの自宅、職場、公共(サード・プレイス含)のレイヤーを配置してみるとこんな感じかな🤗

ここで、新たなアハ体験🤩
自宅と職場は、ライフタスクの範囲内に入っている
だけど、公共って、3つのライフタスクの範囲外にある😳‼️
可視化・図示したことで、言葉(思考)ではなく、視覚(身体感覚;感情)的に体感したという心境だ
何を当たり前のことをと思われるに違いない💦
では、このアハ体験はどういうことか説明しようと思う🤔💭
思考的に数字を目で追えば👀、ライフタスクの範囲は、最大で3.5mというのは明らかだ。そして、公共は、3.5m以上の領域なので、これまた、ライフタスクの範囲外というのも論理的に理解できる
ここで、『理解できる』と、実際に『BLUEが理解する』の間には、隙間(GAP)が存在する。通常は、こんな細い話なんかにフォーカスしないBLUEは、その間隙に気付かず、少し俯瞰しながら『理解できている』と軽く思っていたのだろう🤔💭
でも、ここで視覚的に、公共は、3つのライフタスク(人生の課題)の外にあることを感じることができた🤗
だから、サード・プレイスのnoteは居心地がいいんだ🌈という結論に至った

以上が、オルデンバーグの提唱する『インフォーマル・パブリック・ライフ』と『サード・プレイス』のBLUEの理解☺️
続いて、オルデンバーグの提唱するイメージを少し進化させてみよう🤗
これまでは、理想論を語ってきたが、いつでもサード・プレイスを訪れることができるとは限らない💦
具体例を挙げるまでもなく、シャバの現実世界は厳しいものがあり、理想とのGAPが厳然と目の前に立ちはだかるのは火を見るより明らかだ😱
だから、自宅や職場に居ながらも、サード・プレイスを確保できたら、どんなに良いことか⁉️ タイパ・コスパ最高〜🤩
その手段のひとつが瞑想だったりするのかな〜って思ったりもする🤗

そして、上図の右側のイラストを置き換えると、漸く冒頭の絵が完成する😤
少しは、分かってもらえたかなー
まぁ、こればっかりは他人の課題だから、自分ではどうにもできないよね💦
とりあえず、自分ができる最大限の説明はしたつもりなので、そこに・・・
ザ・自己受容💖(了)

