【100日連続投稿記念🎊】みんなちがって、みんないい/金子みすゞ
プロローグ
みんなちがって、みんないい
これは、金子みすゞの作品『私と小鳥と鈴と』の一節
多くのnoterさんがこのフレーズを引用してますよね☺️
小学校の国語の教科書にも掲載されていたり、
金子みすゞ合唱曲としても多くの方に唄われていたりと🎵
BLUEはこのフレーズを【TW086】で引用🤗
金子みすゞの世界と似つかわしくないランボーチックな画像が見えておりますが、最後の一文に『みんなちがって、みんないい』を確かに用いてます、はい🫣
【TW088】では、堂々とタイトルに引用🤗
そして、ミュージック・ビデオにも🎵
【MV010】サウンドトラック・オブ・マイライフ〜メロディが語る追憶〜 ピアノ二重奏
意外と、 BLUEは引用してましたね☺️
皆さんは、どこでこのフレーズ『みんなちがって、みんないい』を知りましたか?
BLUEは少しマニアックだけど、創作漢字コンテストの受賞者コメントで知りました☺️
私の好きな言葉に「皆違って皆良い」という言葉があります。
https://sousaku-kanji.com/archive/contest_9th.html
この『皆違って皆良い』を調査したら、大正から昭和にかけて活躍した童謡詩人『金子みすゞ』の存在を知り、代表作の『私と小鳥と鈴と』で用いられたフレーズ『みんなちがって、みんないい』に辿り着きました💖
金子みすゞ/私と小鳥と鈴と
『私と小鳥と鈴と』
私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。
鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/金子みすゞ
そして、さらに、この作品を解説する矢崎氏の感覚がいいなぁと思ったのでシェア☺️
【解説】金子みすゞの童謡:みんなちがって、みんないい
この作品で一番大切なのは、最後の段落の一行前だ。
題では『私と小鳥と鈴と』だが、一行前は「鈴と、小鳥と、それから私」と、「私」の位置が変わっている。
「私とあなた」ではなく、「あなたと私」になった時、初めて自分優先ではなく、「みんなちがって、みんないい」というまなざしが生まれるのだ。
矢崎 節夫氏
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c09202/
💙BLUEが感じたコト💙
「みんなちがって、みんないい」は利他、
「あなたはあなたでいい」は利己――そのどちらも、幸福の源泉。
私たちは、「自分らしく生きたい」と願いながらも、「他人と調和して生きなければ」とも感じている。
この一見すると矛盾するふたつの感覚の間に、私たちの心の本質があるのではないだろうか🤔💭
例えば、「みんなちがって、みんないい」という言葉。これは、他者のありのままを尊重しようとする利他的な姿勢を表している。相手をジャッジせず、違いを認め、受け入れること。それはまさに、優しさや思いやり、共感の精神に根ざしている。
この考えは、BLUEの価値観に直結するんだよね💖
『異質なものとの調和力』
生きているということ
いま生きているということ
異質とは
自分の価値観と異なること
調和力とは
相手に寄り添い共感すること
生きるに必要なチカラ
それは異質なものとの調和力
寄り添いとは
判断・評価・分析せず(ノージャッジ)
白紙で傾聴すること
共感とは
必ずしも同意は伴わない
心の共鳴をそのまま伝播させること
生きているということ
ヒトは社会的動物で
共同体感覚の中で生きるということ

そして
パーソナルスペースの関係
一方で、「あなたはあなたでいい」という言葉は、自己肯定感(自己受容)の根幹にある。つまり、自分の価値や存在意義を、他人と比べずにそのまま認めること。これは利己的な視点とも言えるが、ここでいう「利己」はわがままや自己中心ではなく、自分の内面を健やかに保とうとする自然な営みである。
アドラー心理学では、人が健やかに生きるために「共同体感覚」が大切だとされている。そこには三つの柱がある。
1. 自己受容──自分をありのままに認める(利己)
2. 他者信頼──相手を信じる(利他)
3. 貢献感──自分が誰かの役に立てているという感覚(利他と利己の交差点)
この三つの要素は、まるで循環する水のように、互いを支え合っている。

また、心理学では、人間の根源的な「心の三大欲求」として以下のものが挙げられている。
• 自発性(自分で選ぶ力)
• 有能感(自分にはできるという感覚)
• つながり(他者との意味ある関係性)
この三大欲求は、すべてが内発的なWell-beingにつながっている。つまり、誰かに強制された「幸せ」ではなく、自分の中から芽生える「生きがい」や「納得感」のことだ。
とにかく、自己受容ファースト❣️ということだね☺️
子育てにおいても、まずは親自身がダメなところ含めてありのままの自分を認めて自己受容😤
リソースフル🌈であり続けようという気持ちは、背中を通して子供達に伝わる❣️
親からの伝えるPushではなく、子供たちが自主的に感じ取るPullの方が、結果的に親の気持ちが子供たちにより伝わるんだと思う🧐💭
ここで興味深いのは、「利他」が「利己」に帰着するという視点だ。
誰かに優しくする。困っている人を助ける。感謝を伝える。──そのすべては「相手のため」の行為のようでいて、実はその瞬間、自分の心もあたたかく満たされている。利他は、巡り巡って自分のWell-beingにつながる。つまり、利他と利己は分断された概念ではなく、重なり合う円のように共存している。
「他者を認め、自分も認める」
「人にやさしく、自分にもやさしく」
その両方が満ちたとき、人は本当の意味で幸福を感じるのかもしれない。
だからこそ、BLUEはこう伝えたい〜📣
「みんなちがって、みんないい」も、
「あなたはあなたでいい」も、
どちらも、私たちを幸せにする、
大切なメッセージだと。
やっぱここで、このフレーズ👇の順番入れ替えるね☺️
「人にやさしく、自分にもやさしく」は、
『自分にやさしく、人にやさしく』(自己受容ファースト❣️)
💙The BLUE Hearts💙/人にやさしく
BLUE Hearts= BLUEの心=人にやさしく💙
を言いたかっただけ☺️
【了】
👆うぅ〜やっぱり、もう一つ伝えたい😱
もう一つ大切なところは、「お空は飛べない」「唄は知らない」と、できないことと知らないことしかうたっていないところ。
私たちは生まれた時には、ほとんど何もできず、何も知らなかったにもかかわらず、少しできることが増え、少し知っていることが増えると、できない人や知らない人を差別しがちになる。
みすゞはできないこと、知らないことが先にあって、できることに出会い、知ることに出会えることを思い出させてくれ、誰もがそれぞれの時間と容積を持っていて、比べることのできない素晴らしい存在だと気付かせてくれている。
矢崎 節夫氏
https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c09202/
💙BLUEが感じたコト💙
「優越感」は、貢献感に昇華させてこそ、美しく光る。
人は生まれたとき、何もできず、何も知らず、ただその存在だけで祝福されていた。存在そのものが周りをリソースフルな気持ちにさせてくれる🫶
泣くことしかできない赤ちゃんの自分に、誰も「できないね」とは言わなかった(そう記憶してる🤣)
知らないことがあるからといって、「無知だ」と責められることもなかった(筈だ🙄)
そのままの存在で、十分に価値があった。
それが、アドラーの貢献感🫶
けれど成長するにつれ、少しずつ「できること」が増え、「知っていること」も増える。
そしてふと、自分よりできない誰かを見て、内心で優越感を抱くようになる。
あるいは、できる誰かと自分を比べて、劣等感を抱くようにもなる。
それ自体は、人として自然な心の動き。
誰もが通る、心の揺れのプロセスだ。
けれど、問題はそのあとだ。
優越感を「見下し」に変えたとき、
劣等感を「自己否定」に変えたとき、
私たちは静かに、そして確実に、自分自身を狭くしてしまう。伸び代を削ぎ落としてしまう
アドラー心理学では、こうした劣等コンプレックスや優越コンプレックスを否定している。
なぜならそれは、「他者との比較」という不安定な土台の上にしか成り立たないから。
BLUEが大切にしたいのは、
「優越感を、貢献感へと変えていく姿勢」
ここで、なぜ”姿勢”をつけたか?
プロセスや過程という言葉に置き換えてもいいかもしれない
ぶっちゃけ、世の中、綺麗ゴトでは済まされないから⁉️
シャバの世界はそんなに甘かないよね😅
理想と現実のギャップは厳然存在するし、
コンプレックス持つなと言ったって持っちゃうよね☺️
でも、それで良いんだと思う。だって人間だから🫶
だからと言って、そうなること、そうなれることを諦めるのではなく、
そうあり続けようと主体的に思い続けることは誰にも邪魔されない
この志を大切に抱くことで、終わりなき旅へと続く🚀
ミスチル/終わりなき旅
そして、成長し続ける伸び代があるってもんだ😤
Creepy Nuts/のびしろ
エピローグ
できること、知っていることがあるのなら、それを鼻にかけるのではなく、誰かのために役立ててみる。
その方が、ずっとクール🆒で、かっこいい😎
どこか尖っていながらも、静かに誇りを宿したような、そんな在り方に憧れる🤩
他者との比較に依存した仮初の浅い優越感は、やがて干上がってしまう😅
承認欲求で築いた自己肯定感は、外から与えられなければ崩れてしまう
でも、自分の中から湧き出す貢献の志は、湧泉のように絶え間なく内側から注がれ、誰も邪魔できないし奪えない。
BLUE思う、故にBLUEあり
「利己」と「利他」は、表裏一体☯️
「貢献感」は、SDGs的に見ても、人生というライフサイクルの長期的視点においても、持続可能で生産性の高い優越感のあり方だと思う🧐💭
誰かの役に立てたという実感は、貢献感として自分を誇らく思い、3階層のTOPの自己受容に再帰し、再び自己受容のグラスを満たした💙ハート💙が溢れて、自然の摂理に従い、自重で2層目の他者信頼を巻き込み、最終的に、3層目の他者貢献感へと物質大循環を永遠と続けるのだ

貢献感は他人軸ではない。自分の内発的なwell-beingにつながる。
その結果、たとえ相手からの称賛や承認が得られなくても、「それでも、そうありたい」と主体的に思える自分で居られるなら、それはもう、誇るに値する人生の姿勢だと信じている。
BLUEが願うのは、比較や競争ではなく、響き合いと調和の中で生きていくこと。
優越感を手放すのではなく、そのエネルギーを誰かへの贈り物に変えていくこと。
『異質なものとの調和力』
それが、BLUEの目指す「かっこよさ」のかたち。
BLUEのお気に入りデジタルアートの一つ🎨

金子みすゞの詩から
インスピレーション
【了】
