なんのはなしですか── Paradigm Shift《その101》 レモン🍋
駅構内に、突然レモンがあふれていた。
レモンカレー。
レモンラーメン。
レモンケーキ。
レモンバター。
レモン大福まである。
黄色と白のしま模様に囲まれた特設コーナーは、どこか初夏の縁日のようで、通り過ぎる人たちの視界を、やわらかく酸っぱく染めていた。

その光景を見た瞬間、なぜか頭に浮かんだのは、
高村光太郎の『レモン哀歌』だった🍋
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
あの詩の中で、レモンは単なる果物ではない。
死の床にある智恵子の意識を、
一瞬だけ現実へと引き戻す、
“光”のような存在として描かれている。
レモンを噛んだ瞬間、
「トパアズいろの香気」が立ち、
「青く澄んだ眼」がかすかに笑う。
あの場面には、悲しみだけではなく、
どこか“生”そのものの鮮烈さがある。
だからなのかもしれない。
駅の特設コーナーに並ぶ
無数のレモン商品を見ながら、
ぼくは少し不思議な気持ちになった。
人は昔から、
レモンに何かを託してきたのではないか、と。
疲れた身体。
蒸し暑い季節。
ぼんやりした意識。
停滞した空気。
そこへ、あの酸味と香りが差し込む。
すると少しだけ、
世界の輪郭がはっきりする。
もちろん、
駅ナカのレモンフェアと『レモン哀歌』は、
まったく別のものだ。
片方は賑やかな販促イベントで、
もう片方は愛する人を看取る静かな詩。
それでも、そのあわいに、
どこか共通するものを感じてしまった。
レモンという存在が持つ、
“意識をこちら側へ戻してくる力”のようなものを。
現代のレモンは、ずいぶん陽気になった。
ラーメンになり、
大福になり、
クッキーになり、
SNS映えする黄色になった。
けれど、その奥には今でも、
「すずしく光るレモン」
の記憶が、静かに流れ続けている気がする。
だからぼくは、
駅構内の明るいレモン売り場を見ながら、
少しだけ『レモン哀歌』を思い出していた。
……なんのはなしですか🍋
【FIN】
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