病院探しパート4。T先生のセカンドオピニオン/乳がん日記#9
2024年6月13日。T病院の乳腺・内分泌外科のセカンドオピニオン受診日。病棟各階にある診察エリアとは別のどの科とも隣接していない場所にカウンセリングルームがありました。
30分の間に聞けることを全て聞きたいと、前日までに聞きたいこと(治療方針、使用する薬剤について、治療スケジュールのことなど)をリストアップしておきました。
今までそれぞれの病院で行った検査書類をファイリングしたものとノートを握り締め、先生を待ちました。
現れたのは、T先生という洗練された印象の女性の先生でした。私と同じくらいの年代かもしれません。
先生が最初に席についてまずお話しされたのは、
「園さん、あなたはこうやって、一人でセカンドオピニオンを聞きにここにいらした。きっとこれまでもそうやって、自分の人生は自分で責任を取ろうと生きてこられた方だとお見受けします。」
という言葉だった。
思わぬ言葉に胸を突かれました。
私は乳がんと告知されてから初めて人前でポロポロと涙がこぼれました。
ずっと張り詰めていた緊張が一気に解けてしまった。
あの時のあれがダメだったのかと、今までの自分の生活を責めていたし、少しでも何か解決しようと躍起になっていました。
なぜかふと18歳の私を思い起こしました。大学進学のために上京して、なにも出来ない世間知らずの私は、人よりも倍頑張らないといけないと、気を張って走り抜けてきた気がします。ずっとずっと。時には誰の人生か分からないくらい、目まぐるしい変化に耐えながら体も心も自分で鞭打ち引きずりながら生きているような時期もありました。
そんな私が癌という大きな病気になってしまった。
とても恐ろしい響きの病気。
癌なんてまるで他人事だった私が、体に乳がんを抱えて、子育ても仕事もしながら、手探りでここまで辿り着いた心許ない自分を感じた瞬間でもありました。
「乳がんは、あなたのせいではありません。今日本人女性の約9人に1人が乳がんになる時代です。だから自分を責めないでください。」
そう先生はおっしゃいました。先生の言葉は今までの私の人生をも肯定してくれるような言葉でした。
この日のことは今でも私の宝物のような時間で、今でも胸が熱くなります。
病気は私の生きてきた歴史の一部分の情報に過ぎないのです。
