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CGMを忘れた1日から、私の28年の1型糖尿病人生を振り返ってみた|便利な今だから思うこと

少し前、Dexcom( CGM )の交換通知が届きました。
猶予時間は12時間。「今日の夜に付け替えよう」そう思っていました。

ですが、バタバタと1日が過ぎ、娘を寝かしつけるつもりが自分まで一緒に寝てしまうこともしばしば。
そして翌日、すっかり交換することを忘れて外出してしまったのです。

画面は完全に停止し、血糖値がまったく把握できなくなってしまいました。

その日はほぼ丸1日外出する予定で、食事も外食、カフェでのおやつタイムもありました。
手元に数字がないため、自分の感覚だけを頼りにインスリンを打って調整するしかありません。

朝出かけた先で「Dexcomが動いていない!」と気がついた瞬間は、かなりの絶望感と不安に襲われました。
けれど、いざ1日を過ごしてみると、「血糖値を気にしないって、なんて快適で自由なんだろう」と思っている自分がいたのです。

以前の私は、育児と数字の波に溺れそうになり、心を守るために「あえて勇気を出して休む」という選択をしていました。(その選択の裏側は、[『アラート疲れの処方箋』の記事]で詳しく書いています)
でも、今回の「完全なつけ忘れ」は、いわば強制的なオフです。

そんなハプニングの1日に今はDexcomをつけて、スマホでいつでも血糖値が見られる時代。本当に便利になったなぁとしみじみ感じました。

いつでも数字が見える便利さと

私はスマホのロック画面にも血糖値が表示されるように設定しています。そのため、時計を確認するだけのつもりが自然と血糖値が目に入りますし、LINEの通知を確認したかっただけなのに、高血糖アラートに気がつくこともあります。

でも、ふと思うのです。
「じゃあ、CGMもポンプもなかったあの頃の私は、今よりずっと不幸で、ずっと苦労していたのかな?」と。

CGMがなかった時代

小学生の頃は毎日、毎食前、そして寝る前に、指先に針を刺して血糖測定( SMBG )をしていました。
その頃は血を吸い取ってから血糖値が表示されるまでに30秒ほどかかっていた記憶があります。

給食の時間になると、教室で血糖測定をしていました。
「痛くないの?」
「全然痛くないよ」
そんな会話をしたり、友達が「準備してあげる!」と言って測定器を机に出してくれたり。
今思えば衛生面などのリスクもありますし、きっと推奨されることではないのかもしれません。
でも私は、あの時間が嫌いじゃなかったのです。

中学生になった頃からでしょうか、だんだんと測定が面倒になってしまいました。
1日1回測ったら良い方で、数日間まったく測らないこともありました。
この頃は低血糖や高血糖の症状もあまり自覚できておらず、高血糖のまま長い時間が過ぎていくこともザラだったと思います。
当然、HbA1cの数値も一気に悪くなっていきました。

そんな時期、夜中に父親がこっそり私の枕元で血糖値を測ってくれていたことがありました。
今振り返れば、本当に過保護なほどの愛情ですね。
当時の私は、部屋に残された測定のゴミを見つけては「もう、ほっといてよ!」なんて反発していた気がします。
けれど、自分自身が親になった今なら、あの夜中にどれだけの心配と愛情が詰まっていたかが痛いほど分かります。

中学生の頃からはインスリンポンプ もつけるようになりました。
ただ、CGMに関しては、当時はまだ「入院中に24時間、寝ている間もモニタリングできるすごい器械がある!」という程度で、ポンプ導入の検査入院の時に使うくらいでした。
「家でも使えたらいいのになぁ」と思っていたら、ありがたいことに割とすぐ家庭でも使えるようになりました。

葛藤もあった

高校生になり、ついにリブレが家でも使えるようになりました。
しかし、当時の私はテープかぶれがひどく、数時間おきのスキャンすら面倒でしなくなってしまいました。
おまけにすぐ壁に腕をぶつけて本体が剥がれ落ちてしまうため、結局すぐに使うのをやめてしまったのです。
そしてまた、1日1回測るか測らないかの生活に逆戻りしました。

大学生になると、リブレが腕に見えること自体が嫌になり、ポンプの存在も邪魔に感じて、
一番アナログな「指先測定+ペン型インスリン」の生活に戻りました。
この頃のHbA1cは過去最悪の数値を記録しています。
当時は、せっかくの可愛いお洋服もデバイスのせいで台無しになるように感じてしまい、「病気であること」が周囲に見えてしまうのが苦しかったのかもしれません。

社会人になってしばらく経った頃、主治医から「数年前よりテープかぶれもしにくくなったし、Dexcomという新しい器械があるよ。リブレより小さくて、何よりスキャンがいらないから」と勧めてもらい、そこからDexcomユーザーになりました。

「不完全」でも幸せだったあの頃

CGMがあってもなくてもHbA1cが9%台だった、あの頃。
アナログな方法で、なんだかんだと折り合いをつけて落ち着いていた、あの頃。

今は自分に合った「Dexcom×ミニメドポンプ」の組み合わせに落ち着き、HbA1cは過去最高に良い状態を保っています。
CGMが無自覚性の低血糖を予防し、血糖コントロールを良好にして、将来の合併症を防いでくれる優れものであることも重々理解しています。

でも、テキトウにやっていて、A1cの数値は最悪だったけれど、自由で、お友達や家族の優しさに包まれて「何にも縛られずに笑っていたあの頃」も、私にとっては間違いなく幸せな日々でした。

あの頃はあの頃なりに、友達と笑って、恋愛をして、全力で遊んで、病気のことなんて忘れている時間がたくさんありました。

今だってデバイスに縛られているつもりはありません。
それでも、やっぱり24時間いつでも数字が見えている状態というのは、たまに疲れてしまうときがあります。

便利になることと、幸せになることは、必ずしも同じではないのかもしれません。
CGMがなかったあの頃も、そして今も、私は決して不幸ではありませんでした。

確かに当時のHbA1cは悪かったですし、傍から見れば「まともに自己管理をしていない」ように映ったかもしれません。けれど、その時の私は私なりに必死に生きていました。

それは決して不幸なことではなく――よく言えば、「何にも縛られず、自由でいられた時間」だったのだと感じています。
そんなことを、
Dexcomをつけ忘れた1日が思い出させてくれました。

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