🟡掌編小説|文化人類学入門
私にはふたりの従姉妹がいる。2個上のアオイちゃんと3個下のミドリだ。そのどちらとも、私は結婚の約束をした。
***
アオイちゃんとは小1のとき、私のことを「あなた」と呼んだのが衝撃的で、思わずその場でプロポーズした。祖父の通夜だった。
たくさんの親戚が集まった見慣れない部屋で大人たちはみなどこかそわそわしている。居間のテレビはNHKが付けっぱなしだし、ひっきりなしに近所の人が訪ねてきては線香を上げていく。私は台所でおにぎりをもらったり、祭壇の下を覗いたりした。
子どもは別の部屋に行ってなさいと誰かに言われ二階に上がると女の子がひとり、壁際に座って本を読んでいた。それがアオイちゃんだった。
私が何してんのと訊ねるとアオイちゃんは静かに本を閉じた。そして、まるで話しかけられるのを待っていたかのような、包み込むような笑顔で私を見た。
このとき、私は「あなたを待っていたのよ」と言われた気がした。なのにアオイちゃんは「言ってないと思うけど」と笑う。その言葉をきっかけにプロポーズしたのだから、聞き違いとは思いたくない。
初七日と四十九日が終わって帰京すると私はねえまた誰か死んだらアオイちゃんに会える?と母に訊ねた。おかしなこと言わないでよと母は言った。
***
ミドリとは家が近いのもあって幼い頃から良く行き来した。歳の離れたお兄ちゃんがいて、一足早く大人になっていたから私にとっても憧れの存在だった。ミドリはミドリで、筋金入りのお兄ちゃん子だった。
お兄ちゃんが女友達と一緒にいたとか、彼女が出来たとか、そんなことをいちいち私に愚痴ってきた。要は捌け口にされていた。
おまえ友達いないのかよ。
いるけどこんな話できないじゃん。
ミドリの受験勉強を見てやっていると、またいつものようにゴチャゴチャ言ってきたので、そりゃ兄貴だっていずれは結婚するだろうさ。その一言がマズかった。
泣きそうな目をしてそんなの分かってるよとムキになるミドリを見て、どうしてそんなことを言ったのだろう、そしたらおれが代わりにお兄ちゃんになってやるよと口走った。
ミドリは「お前じゃダメだ」と怒って出ていってしまった。
しばらく待ったけれど戻ってこないので、私はお茶の準備をしてくれていた叔母さんと背中を向けたままのミドリにさよならを言って帰ってきた。
数日後、母が私に言った。あなた、ミドリちゃんにプロポーズしたんですって?
妹が口からジュースを吹き出した。
***
以後、親戚が集まるたびにこの話題になる。
祖母の葬式でも揶揄われ、一周忌は祖父の十三回忌と一緒にやったのだけれど、そこでも笑いのネタにされた。
法要が終わり酒が回ってくると決まって、どこかの知らないおじさんが、そういえばあんたんとこの長男坊がアオイと結婚する、結婚するって言ってなあと話しはじめる。
誰だよあんた、とは思ったけれど、たぶん親戚なのだろう。
子どもの頃の話ですよ、そう言ってアオイちゃんが私の膝に手を置く。ね?
この男、あたしにも同じこと言ったんだよ!
だから言ってないんだって!
どっちと結婚するつもりよ!
もうみんな分かってる。それぞれが役を演じているのだ。ミドリが腕にしがみつく。どっちなの!
アオイちゃんは伯父さんの娘だから交叉イトコだ。おまえは叔母さんの娘だから平行イトコ。
だから何よ。
ある種の氏族社会においては──
「一夫多妻制!」
妹が私を指さして大声で叫んだ。その瞬間、みんながドッと笑い、妹は何故か得意げに胸を張っている。ピース!
お従兄ちゃんの結婚式では案の定というか何というか、ミドリが大騒ぎして泣いて私のスーツをびしょびしょにした。アオイちゃんを見ると、あの笑顔でまたいつものように優しく包み込んでくれる。
それから私たちはみんな少しずつ大人になり、親戚とも次第に疎遠になっていった。それでも何かあるとまた集まってみんながあの話を持ち出すのだ。
誰もが大小の痛みを抱えて持ち寄り、互いに顔を見合わせ、それをこっそりこの場に溶かしていく。
いつかは、アオイちゃんも結婚するのだろうか。ミドリはまだ先だろう。私はどうか。
私はもう少しこのままでいよう。アオイちゃんとミドリにプロポーズした男。そんな役回りも悪くない。上手くは言えないけれど、どうやらそう思えるような大人になったみたいだ。
(了)
🟡1783文字
【附記】

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