⚪️掌編小説|母ちゃん
熱帯夜にはピリ辛チャーハン。
母ちゃんの口癖だ。
母ちゃんのチャーハンちゃんと母ちゃんと完食。また食いてーパラパラのピリ辛の元パリピの母ちゃんの半チャーハン。パラパラ踊る母ちゃん。
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母ちゃんはギャルだった。
父親はいない。
母ちゃんの親友が産み落とした子を母ちゃんが引き取って育てあげた。
おれだ。
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チャ子が妊娠したときにはもう、あたしは一緒に育てようって覚悟決めてた。
チャ子はうちのオス猫の名前だ。
おれは猫じゃない。
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あー、つまり、先代チャ子が亡くなって母ちゃんがおれをひとりで育てた。とゆー話だ。
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おれが十六のとき、母ちゃんが神妙な顔でおれに話があると言った。おれはなんだよ改まってと言って母ちゃんの言葉を待った。
「あたしが再婚したらどう思う?」
「初婚の前に?」
「んー、どゆこと?」
「まだ一度もしてないだろ?」
「そうだった」
「そんなことよりバイクの免許取って良い?」
「じゃあ、あたしも取るから一緒にツーリング行こ」
「良いよ」
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あんたはほんと、チャ子と瓜ふたつだね。
母ちゃんの口癖だ。
おれはチャ子を見る。
チャ子もおれを見る。
あーしがあんたを身籠もったとき、あんたの母ちゃんは言ったんだ。これはきっと神様が下さった赤ちゃんだって。あーしは何の神様さって訊いた。そしたらあんたの母ちゃん、何て言ったと思う?
何て言ったんだ?
チャ子は何も答えない。
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母ちゃんは裸族だ。
困ったもんだ。
体にベタベタしたものを塗るのも好きだ。保湿クリームとか、日焼け止めとか、おれに「塗って」と頼んでくるから塗ってやる。
チャ子が見ている。
「あたしの肌もまだまだ捨てたもんじゃないよね?」
「ああ、まだまだ捨てたもんじゃないよ」
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おれが七つのとき、母ちゃんはおれを連れて田舎にある母ちゃんの実家に戻った。
でっかい庭と縁側のある家だ。爺さんは無口な人で、婆さんは辛口な人だった。
近所の男たちが入れ替わり立ち替わり母ちゃんに貢物を持って来る。それが時としてその男の家庭に深刻な問題を引き起こした。母ちゃんが悪い訳じゃない。そう思わない連中もいたみたいだが。
要は母ちゃん争奪トーナメントみたいなもので、独身者も妻子持ちも、若い女でさえ参戦した。結局誰も勝たなかったけれど。
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この地域にノーブラを流行らせたのも母ちゃんだ。
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おれが十八のとき。
母ちゃんがどこかへ行って帰って来ない日があった。その日は爺さんも、婆さんも、チャ子さえ家にいなかった。
かわりにひとりの若い女がいた。
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女は手足が長く、ふくよかな体をしていた。
厨房で夕飯の支度をしている女に後ろから近づくともうすぐ出来ますからお待ちくださいと言った。振り返った女はほんのりと顔を赤らめ、目玉は泣きそうなぐらい濡れていた。それからお風呂が沸いていますからどうぞお先にと言って恥ずかしそうに目を逸らした。おれは言われるがまま風呂に入った。
途中、女が背中を流しに来た。
風呂から上がると料理が並んでいた。シンプルな家庭料理だったが婆さんのと比べるとまるで異国の食卓に見えた。ここいらの男はみんな十八で酒を飲むんですよと女が言った。一合だけ付けてありますから一口お召し上がりください。良かったらわたしも少し頂こうかしら。どうぞ。そんなやりとりをした。
母ちゃんとは違う女の匂いがする。
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飯が終わったら女がわたしもお風呂を頂きますから先に休んでいてくださいと言った。一番大きな客間の真ん中にぽつんと客用の布団が敷いてあった。
布団に寝転がっていると、しばらくして浴衣を着た女が姿を見せた。女が裸でないことにおれは新鮮な驚きを感じた。裸じゃない女というのは、どうしてこんなにも、最高に、やらしいのか。
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という訳でおれは大人になった。
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東京の大学に進学が決まり、おれは寮に入ることになった。
おれが出ていく最後の日、母ちゃんはおれを抱きしめてみんなが引くほどわんわん泣いた。わーん寂しいよーと叫びながらおれの首に噛みついてもう食べちゃうんだからーと言った。
チャ子も泣いている。
泣きやんだ母ちゃんは、あたしはもうこうなったら恋をするよと謎の宣言をした。
「もう一度、恋がしたい」
「ああ、そうだな、そうしなよ、目一杯、最高の、燃えるような恋をしろよ」
「うん。ありがとう」
***
蒸し暑くて眠れない夜は母ちゃんのチャーハンを思い出す。
おれはゴソゴソと起き出して簡易キッチンでピリ辛のベチャベチャのチャーハンを作る。
母ちゃんは恋をしているだろうか。結局一度も行けなかったバイクツーリングに今度こそ誰かと行っているだろうか。だとしたら本当に嬉しい。
たぶんチャ子も、それを願っているだろう。
(おわり)
🟡1952文字
#なんのはなしですか

