🟡掌編小説|祈りの窓[完全版]
ぼくは空を見上げた。
そこには「逆さまの街」があり、いつか見た少女が暮らしている。
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減圧完了、外部ハッチのロックを解除します。二重アンカーを目視確認後、メインハンドルを反時計回りに90°回転させてください。障害物センサーは安定しています。
アンカー良し。外部ハッチを開けます。
アーム1より船外。ドローン2機待機中。予定通り第9街区B側の星落としを行う。アルファ流星群が近づいてる。迅速にやってこう。
善処します。
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オラトリウムCOL-1は半径2kmの環状コロニーで、自転周期は90秒、12の街区に区切られた居住エリアに約10万人の生活がある。
ぼくはコロニー生まれの第一世代で両親は地球人だ。
去年の春から技術大学の宇宙工学科に在籍し、軌道外環境学を専攻している。これは宇宙塵、宇宙線、プラズマ、熱環境などがコロニーに与える影響を研究する学問で、将来的にもぼくはこの研究を続けたいと思っている。
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微小隕石が衝突後再凝固したガラス状因子、あるいは推進器やスラスターの排気が凍結したり、コロニー表面が帯電して宇宙塵が銀色の霜のように付着する。
コロニーにこびり付いたそれら「極小の星々」は放置すれば故障の原因となる。ぼくはそれらを削り落として回収する船外作業を担っている。
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ぼくの住む第3街区のちょうど真上が第9街区だ。周回トラムに乗れば15分で行くことができる。
行ってどうなる訳でもないし、彼女に会えるとも限らない。何を確かめたい訳でもないが、期待していないと言ったら嘘になる。
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環の横腹には「祈りの窓」と呼ばれる観測用の透明なスリットがある。今回のミッションはその窓に付着した雲状の星を密閉吸引式グラインダーで研磨することだ。
時速500kmで回転する環に設置された作業用レールに体を固定し、回転方向とは逆向きに移動しながら作業を進めていく。なるべく頭を振らずに作業することが重要だ。
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第9街区には音楽大学と大きな図書館があり、街中が草木や花々と芳香に溢れている。
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宇宙に出ると地球が90秒周期でぼくのまわりを周る。流星群はすでに始まっている。
ふと、握りこぶし大の星が窓に貼り付いているのを発見した。
船外よりアーム1。小さいですが凶悪になり得る星を発見、岩石状、12-3cmです。粉砕機を下さい。
管制室より船外。切断してドローンに回収させたい。そっちでブレードを交換してくれ。流星群が来てるから迅速にな。
善処します。
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Bラインの周回トラム停車場を出るとグリーンベルトのベンチで流行のランチバスケットを食べているカップルがいて思わず女性の顔を確認してしまう。
彼女を見かけたのは確か──音楽堂裏のプロムナードだったはずだ。
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小さな星を引き剥がしてドローンに回収させ、星が貼り付いていた部分を研磨し終わったときだった。
ほっとした刹那、不意に内側のシールドが上がり、すぐそこに立っていたひとりの少女と目が合った。
それは起こり得ないことだった。ぼくらは分厚いガラスの窓越しに見つめ合い、そしてそのまま時が止まった。
管制室が何かを叫んだが聞こえなかった。
やがて少女は涙を流し、祈るように胸の前で指を組んだ。
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第9街区B側「祈りの窓」音楽堂裏のプロムナード。保守作業は終わっているから区画あたり1,000枚のシールドは全て上がっている。
ここだ。
ぼくは彼女のいた場所に立った。
オラトリウムCOL-1は壊れかけた星──地球の静止軌道よりやや外側にあって赤道上に位置する。中心軸は地軸と同じ向きだから地球は常に死角になる。住民は誰ひとりその姿を見ることはない。
だが、たまたま船外作業をしているぼくがそこにいたとしたら。シールドの故障か、あるいは故意に一枚だけ手動で上げ下げが可能だったとしたら。いくつかの偶然が重なり、彼女はぼくの金色のバイザーを見た。
そこには地球と、その周りで踊る流星群が映っていたはずだ。大きくなり小さくなってバイザーを横切る地球と、右から左にあるいは左から右に流れ、速くなったり遅くなったりする流星を彼女は見た。
彼女の瞳はぼくではなく、ぼくたちのルーツを見ていたのだ。それは彼女にとって震えるほど神々しい光景だったに違いない。
ぼくは彼女のいた場所に立ち、眼前に広がるどこまでも暗い宇宙と、彼女の瞳に映る地球とを重ねてみた。そしてこれがどうして「祈りの窓」と呼ばれるのか、その理由に思いを馳せた。
(了)
🟡1857文字
【附記】
本作は以前書いたお題作品の「完全版」である。何が違うかというと、語りの順番のみを変えて、文章自体はほぼ手をつけていない。ほんの数カ所、調整しただけである。
↓こちらが旧バージョン。順番を変えただけでかなり読み味が異なるので、是非とも読み比べて頂けたらと思う。
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