⚪️掌編小説|カトリーヌ
サンダルで御出勤とは良い御身分だな、ここはリゾートじゃねえんだぞ!と陰口を叩かれた社長令嬢の復讐劇。
***
彼女の名はカトリーヌ。
ジェネリック医薬品製造大手「香取丸薬製造」の社員(令和7年入社)である。周りからは何故か社長令嬢と呼ばれている。違うけど。
カトリーヌは本名(たぶん)。
***
陰口の主はクニアキ(平成10年入社)。
第二営業部次長。昨年の検診で肺に影が見つかり、精密検査の結果「要経過観察」となっている。妻と三人の息子を抱えて馬車馬のように働く企業戦士である。要は社畜。
「カジュアルフライデー? 知らねーよバーカ!」
***
カトリーヌは確かに空気を読めない娘だ。不思議ちゃんと呼ばれることも多い。
また基礎的な能力は高いが目標は低く、冒険をしたがらない。手堅く確実に成果を収めたい。そういうタイプだ。
古参社員や指導担当者からはしばしば「やる気のない奴」といったネガティブな(しかも不当な!)レッテルを貼られる。
彼女の何が悪いのか。
「空気が読めない?──結構。同調圧力とガバナンスを一緒にしないで」
***
タバコなんていつでもやめられる。そうクニアキは言う。だがいつまでたってもやめようとしない。つまるところやめられない。依存症なのだ。
仕事に没頭することで問題から目を背けているようにも見える。自分が病気になっても家族が困らないように、1円でも多く蓄えを増やそうとしている。自分の死や病気を経済的な問題に置き換えているのだろう。
実際、家族の収入をひとりで背負っているのだから仕方がないのかもしれない。
***
次の日、カトリーヌはノースリーブで出社した。彼女の艶やかさに魅了された若い同僚のひとりひとりに、まるでチューリップの花を一輪ずつ手渡していくように笑顔を振りまく。
「おまえその格好じゃあ営業には出れねえぞ」
「でしたらあたしは後方支援、傷ついた兵士を癒して差し上げたいわ」
「はああ?」
「営業車の運転はお任せあれ、何処へなりと、ひとっ飛び、すべての訪問先まで青信号、敬礼」
***
クニアキは休日、妻と三人の息子を回転寿司に連れていく。
息子は三人とも不登校で妻は疲れ切っている。不登校でも飯は食う。だが妻には食欲すら残っていない。息子は寿司を食う。パクパクパク、パクパクパク、パクパクパク、寿司を食う。
妻はアルコールを煽る。薄いハイボールを二杯ずつ、タッチパネルを連打する。クニアキは運転があるから飲まない。だが妻はアルコールを煽る。グビグビ、グビグビ、薄いハイボールを煽り続ける。
***
クニアキは、帰宅拒否症ね? とカトリーヌは言った。クニアキ、かわいそー(泣く真似)。
クニアキは連日連夜の宴席と毎週末のゴルフ、すべて会社の接待費。決して自腹を切らない男。
クニアキは咳が、妻は涙が止まらない。
カトリーヌは医師・薬剤師との合コン参加費用を経費精算しようとしてその都度リジェクトされる。
経理部長のキタガワはサディストの変態だ。穴に玉を入れるだけのスポーツが経費なのに。あたしは穴なんて使わない(ウップス)。
***
全国にチェーン店を展開するドラッグストアの御曹司があたしのチューリップを欲しがっている。
とんでもないビッグチャンスだ、とクニアキは興奮気味に喚き立てる。
「おまえ、取ってこい、そのチャンス、どんな手を使ってでも絶対モノにしろ」
穴を使えと言わんばかりの大騒ぎだ。
御曹司は言う。
「君がチューリップをくれるなら、うちの在庫をぜんぶ君のところの主力に置き換えてやっても良いんだぜ?」
カトリーヌは言った。
「いいえ、そんなことより、ペリーコのサンダルを下さらない? でもこれは交換条件ではなくってよ、あたしのチューリップは誰のものでもないんですもの」
***
「サンダルだと! キサマ俺を殺す気か!」
「そんなことぐらいじゃ死なないわよ」
「口答えをするな!」
「いいえ、そんなことより、もっと自分を大切になさって下さい。このサンダルは奥様のために頂いたのだから、サイズもピッタリなはず、これは次長から奥様に渡して差し上げて、いいえ、だってほら、あたしには小さすぎるもの」
***
以上で、社長令嬢ではない二年目社員の復讐劇とも言えない復讐劇は終わり。
その後どうなったか?
何も変わらない。
クニアキはクニアキで、息子たちは息子たち、カトリーヌも相変わらずカトリーヌだ。
ただ、妻は少し変わった。
足の爪を塗って、踵の手入れをし、天気の良い昼下がりにはお気に入りのサンダルを履く。
それは彼女の生活を、ほんの少し向上させる。
(おわり)
🟡1879文字

#シロクマ文芸部
#サンダルで
#木曜日は3ースデイ
#ジェネリック
#令嬢の復讐劇
#回転寿司
#創作お題30
#アルコール
