⚪️掌編小説|地球へ
(一)COL-1
オラトリウムという愛称で呼ばれることもあるCOL-1は人口12万人を擁する環状コロニーである。
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シリンダー型スペースファームの建造ラッシュが一旦落ち着きを見せ、COL-1への農作物供給が安定化したのは今からおよそ10年前のことだ。
当時の人口は約10万人であった。
わたしたちの政府は、食料をはじめとした資源確保の必要から、かつて一度は壊れ、そして滅びかけた星──地球への逆入植を検討し始めた。
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第一次地球調査隊
地球政府との会談及び折衝等を行う外交使節団を筆頭に、宇宙船クルー及び医療チーム、気候及び気象調査チーム、海流及び水質調査チーム、地質調査チーム、資源調査チーム、現地拠点、基地建設計画チーム、合せて150数名がコロニーを後にする。
その多くはコロニー生まれの第1、第2世代だ。
「地球ってのがどんなところかまったく想像が付かねえ。そもそも地球との交信が途絶えて数十年だ。政府がまだ存在するかどうかさえ怪しい。要は行き当たりばったりなんだよ。ま、おれたちクルーには関係ねえけどな。飛んで、戻ってくるだけだ」
大袈裟な笑い声が飛び交う。
ファームとコロニーを結ぶ輸送船を改造し、大気圏を降下出来る耐熱性能と、海上への着水を想定して耐衝撃性能、耐水性能を強化、コロニーまで帰還可能な動力装置を後付けで組み込んだ。
余程の蛮勇がなければその船に乗りたいとは思うまい。それが150名を超えた。歴史に名を残そうとでも言うのか。否、わたしは名もない二等航海士だ。英雄的な死など求めてはいない。
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半年間の訓練を経て、いよいよわたしたちが地球へと降下する日が決まった。
地球に持ち込むことが可能な品目は厳密に管理されており、個人が許可なく持ち込めるものはない。
逆に言えば、申請して許可さえ下りれば「パジャマ」だろうと「いちご」だろうと「文鳥」だろうと持ち込むことは可能である。そのようなことはまず期待できないが。
という訳で、わたしは「パジャマ」と「いちご」と「文鳥」に一時の別れを告げた。
わたしたちの船はCOL-1の輸送船発着ポートから出港し、地球を12周ほど周回してから海上に目標ポイントを定め、着水する。
(二)地球
ダッドアイランドと呼ばれる島の沖合1kmに停泊することになった。
気候は温暖で、空はどこまでも青く、波は穏やかだった。島の周縁部は水没しており、大きく後退した海岸線にかつての文化圏は見る影もない。
使節団と調査隊はゴムボートを海に浮かべ、白波を描いて次々と島に上陸していった。高地に100名ほどの島民がいるらしい。
わたしたちは整備班と共に耐熱パネルの損傷具合を調べたり、各種計器類の動作確認や、動力と操舵系のメンテナンスをしなければならない。
そしてただ帰る日を待つ。
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ミーナとわたしは服を脱いで海に飛び込んだ。
デッキで見ていた男たちが口笛を吹き、また我も我もと飛び込む者たちが次々と水飛沫を上げた。
「ねえ見て、ほらここ、塩の結晶が白く光ってる」
ミーナの指差す方を見ると、乾いた海水が船体の側面に薄く貼り付いている。
「塩害は想定内よね?」
「顔がベタベタする」
「あたしたちも塩吹いちゃいそう」
「やだあ」
わたしたちは一緒にシャワーを浴びて流れ落ちる海水をペロペロと舐めた。
その味が生まれて初めて見た海の記憶となる。
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昼過ぎには炊事班が戻ってきた。彼らはめいめいにカゴ一杯のカニとトマトを抱えていた。
「次は虫よけが必要だなあ、あちこち刺されちまって参ったよ、虫の奴らめ」
クルーが彼らを取り囲んだ。
「食えそうな虫か?」
「いやあどうかな、うちらでは分からん、調査チームが何かしら答えを出すだろう」
「イチゴは、あった?」
わたしは顔見知りの若いスタッフに声を掛けた。
「おめでとう!」と彼は言った。
保存容器から赤くて大きないちごをふたつ貰ってミーナと食べた。甘酸っぱくて美味しいねとわたしたちは笑った。
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厨房から漂う匂いに誘われてクルーがひとりまたひとりと食堂に集まってきた。わたしたちも。
わたしは食堂内のスターバックスでフェイクラテをふたつ頼んだ。
「ショート……いや、グランデサイズで」
(三)過去と未来
ミーナと初めて会ったのは技術大学の入学前検診のときだった。
胃カメラを飲まされ嗚咽しながら涙を流すわたしを見兼ねたのか、一足先に検査の終わったミーナが背後から胸をさすってくれた。わたしは思わず彼女の手を握り、その瞬間、ふっと体から力が抜けた。
麻酔が切れるまでのどろんとした時間をミーナは一緒に過ごしてくれた。わたしが寝ているベッドに腰掛け、指で髪を梳かしてくれた。
揺れるレースのカーテンで区切られたその小さな空間がまるで草原のように感じられた。「すきま風かな、空調、寒くない?」そう言って心配してくれた彼女の何てことない声が今も耳に残っている。
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配膳されたスープを前にわたしたちは期待というスパイスを振りかける。
「んー」
湯気の匂いを嗅いだ。海の匂い。
トマトスープの中に体長5cmほどのカニと茹でたペンネがごろごろと入っている。
「さあ、さあ、冷めないうちに食べてくれ」と調理長が言った。
「これ何ていう虫?」
「馬鹿かおまえ脚の数を数えてみろ!」
わたしたちはみんな笑った。
***
わたしが女の子を好きになるなんて思わなかった。それは多分、ミーナにしても同じだろう。
学生時代には誰もが似たような経験をするらしい。それは不安定な自我の同一性とか、自己意識の揺れとか、社会から閉ざされた空間とか、その手の言葉で説明がつくという。
わたしたちもそうなのだろうか。
そうは思いたくない。
来年、卒業したらわたしたちは離れ離れになってしまう。わたしは輸送船のクルーとして、ミーナは通信技師として、どこかの基地に配属されるだろう。
それからわたしたちは別々の恋をして、別々の生活を築き、その過程で子どもを産むかもしれない。でもそんなふうにレールを敷かないでお願いだから。
学生時代は返却期限付きの何かじゃない。ねえ、ミーナ。わたし文鳥を飼ってるの。あなたが来たらヤキモチを妬くかもね。ふふ。
ねえ、夏休みって聞いたことあるでしょう。わたしたちはみんなそれに憧れた。でも今がそうなのよ。これが、きっと夏休み。これがずっと続いたら素敵でしょうね。ミーナ。
あなたとこの星に来れたことを、わたしは何があっても絶対に忘れない。
奇跡のようなこの時間を。たとえ一瞬で過ぎ去るとしても。
この星がまたいつか壊れたとしても。
(おわり)
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#せりふ三題噺
#胃カメラかにレース
#草原返却ペンネ
#いちごパジャマ文鳥
#宇宙スープ虫よけ
すきま風かな
ショート……いや、グランデサイズで
おめでとう!
見て、光ってる
