昭和 風雲サバイバーが見た 夜行列車の旅 昭和100年
私は「昭和 風雲サバイバー」である。(会員番号30番)
時は昭和100年。(会員番号は、現在100番まで登録済)
戦後の復興から高度経済成長を経て、数々の社会変革を乗り越えてきたまさに「サバイバー」である。困難な時代を経て強さを身につけ、昭和の文化と現代の価値観を融合させた「ハイブリッド」な存在であり、柔軟な思考と適応力が特徴だ。
しかし最近、私にも弱点が現れた。それは「視界のエレガンス」で、かつての鋭い眼力が失われ、細かい文字が見えづらくなったことだ。動物で例えるなら「風に立つ気弱なライオン」で、強さを持ちながらも不安を抱えている。
それでも、私たちの豊富な経験と知恵は今の社会にとって貴重な資源だと信じている。これからも挑戦を続け、「昭和 風雲サバイバー30号」として進化し、道を切り開いていきたいと思っている。
昭和100年の思い 時短か旅情か? 夜行列車の旅
私は「昭和の風雲サバイバー30号」として、鉄道による旅客輸送の変遷を見つめてきました。
今朝、自宅の窓の遠くで「寝台特急サンライズ号」が、通過するのを見かけました。今や全国で唯一、定期運行している寝台列車です。

一方、昭和の夜行列車の定番は急行自由席。あの頃の夜行列車は、まるで「アドベンチャーランド」のアトラクションのようでした。夜行急行列車の自由席は、安いし、宿泊費もかからず、到着後すぐに活動できる。まさに「金はないけど時間はたっぷり」な若者のための最高の移動手段でした。
夜行列車の冒険
あの頃の夜行列車は、移動の手段というよりも、どこか「冒険」のような感覚がありました。自由席を確保するために早めに駅に行き、ホームで乗車口の場所取りをする。その姿はまるで、サバイバルゲームのようでした。2人掛けのシートで寝る準備をして、足元に新聞紙を敷き、スチール缶をシート枠の下に置いて座席を傾斜させる…(アルミ缶は不可!あの頃、アルミ缶はまだ一般的ではなかった。)。そんな準備が必要でした。あの不便さが逆に楽しさを倍増させていたのです。

自由席のワクワク感
自由席のシートは、2人掛けの対面式で、4人1ボックスが基本でした。理想的な席を確保するために、素早く列車に乗り込み、車両中央あたりを目指していました。座る場所にこだわり、どの席から夜景を楽しむか、日の出の光は進行方向どちらかを考えるだけで、旅のワクワク感が膨らみました。特に閑散期には1ボックスを独占して寝る…その自由さが最高でした!
ただ、自由席の旅も時には過酷でした。満席の車内で隣の席の人が足を伸ばして寝ていると、こちらの足元が狭くなり、トイレに行くにも一苦労。酔っ払った乗客が騒ぐこともありましたが、それがまた夜行列車ならではの賑やかさで、ちょっとした「社会体験」のようでした。さらに、車内のアナウンスで流れる「鉄道唱歌」のオルゴール音が、あの時代の旅情を感じさせ、車内の雰囲気をほんのり和ませてくれたのです。
サンライズ号
しかし、2025年の時代から振り返ると、昭和の夜行列車はけっこう大変だったことも事実。今の人々は、夜行列車で一晩中「スマホ」をいじることに耐えられないでしょうね。快適さが最優先される今、長時間の移動で「寝る準備」といえば、スマホを充電し、ヘッドホンで音楽を流してリラックスすることが一般的です。
昭和のように「新聞紙で床を整え、スチール缶を枕にして寝る」というスタイルは、もはや一部の「乗り鉄」やノスタルジーを求める人々だけの特権だったかもしれません。
さらに、今の環境では、移動中に「快適さ」を求める人が多く、時間の効率化が重要視されています。寝台列車に乗っている間にも、寝ているのは一部の乗客だけかも・・・?
スマホで映画を観たり、ゲームをしたりして時間を潰してしまい、深夜になっても眠ることができず、結局次の日は寝不足の観光になってしまうかもしれません。
逆に、シングル(個室)で夜の車窓をつまみに一人大宴会開く人もいます。挙げ句の果てにブラインドを開けたまま爆睡…翌朝、あられもない寝姿で列車がホームに停車。ホームには、朝の通勤で早足の人々が行き交う…などといった「失敗話」も聞きます。
時短と旅情の旅
昭和の夜行列車の「旅情」や「自由さ」を懐かしむのは良いことですが、未来の鉄道にはもっと「効率」と「快適さ」が求められる時代です。
夜行列車がそのニーズにどのように、そして、どこまで応えていくのか、ちょっと気になるところです。
結局、あなたは夜行列車派?それとも、高速バスや新幹線派ですか?これからの旅のスタイルがどのように変わっていくのか、今後の進化が楽しみですね。

いかがでしたでしょうか?最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。
これからも「昭和 風雲サバイバー」としての旅は続きます。次回の冒険もお楽しみに!
