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可哀想な子になんかさせない


「今夜を越えられないかもしれません」

次男が生まれて数時間後、医師はそう言った。


予定日より一か月ほど早い出産だった。

生まれてすぐ、自力では呼吸ができず、市外の子ども病院へ搬送された。

病院までは高速を使って一時間以上かかる。先に到着した俺だけが、その説明を受けた。




****


新生児一万人から四万人に一人ほどの難病だという。



今まで俺は4人の子供の産まれる瞬間を経験していたが、こんな始まり方は初めてだった。

驚きと悲しみの入り混じった、かつて味わったことの無い感情が押し寄せてきたのを覚えている。


お腹にいる時から色々と大変だったので『何かしらの障害を持って産まれてくる』ということはある程度覚悟していたが、まさか命の危機に晒されるとは。


完全に予想外の事態。





先に搬送先の病院に到着した俺だけが先程の事実を告げられ、妻はまだ次男を産んだ病院に居り、何も知らない状態。




数時間後には妻も救急車に乗せられ病院に到着。




本来であれば顔を真っ赤にして泣きじゃくっているはずの次男が、声を出すこともなく全身に管を繋がれて静かに眠っている。


医療のことに関しては素人の我々から見ても、
明らかに危険な状態。

妻の涙が止まらないし俺の涙も止まらない。


病室には見たこともない機械の無機質な音と
アラーム音だけが響いていた。



「今夜を越えられないかもしれません。」


この言葉を妻に伝えるべきなのかどうか…








伝えた方が良かったのかも知れないが、その時の俺は伝えないことを選んだ。




子供を産んだばかりで大変な状態なのに、メンタルにまで追い打ちをかけるようなことなんて、とてもじゃないが言えない。


そして何より俺は信じていた。


「ドクターはあんなこと言ってたけど、絶対に大丈夫。 誰の子供だと思ってるんだ。 俺の子供だぞ? 
余計な心配をさせる必要なんてない。」


そう自分に言い聞かせてた。という方が正しいかもしれない。


****


ドクターと看護士の適切な処置と、俺たちの祈りと、何より次男の頑張りが全て報われて、大きな山は越えられた。


しかし、依然として全身に管は繋がれたままで、安心出来る状態とはとても言えない。

ギリギリのところで生かされている状態。


いつ何があってもおかしくはない。


後ろ髪を引かれたが、子供達が祖父母と俺の帰りを待っているので、一旦自宅へ。

子供達の世話をしながらも、いつ病院から電話がくるのか怯えながら生活していた。




5日間の入院生活を終え、普段の出産だったら妻と一緒に赤ちゃんも我が家に帰ってくるが、その時は妻だけを迎えに行き、次男は集中治療室で治療が続けられていた。



病室に入ると明らかに落ち込んでいる様子の妻。


真っ赤な目と腫れた瞼を見れば、いくら鈍感な俺だって分かる。

一晩中泣いてたんだ。


帰りの車内でも妻は泣いていた。




「私が高齢出産だったせいで
元気に産んであげられなかったから。」



「私が妊娠中 もっと大人しく過ごしていれば…」




「私のせいで、あんなにちっちゃい身体に管がたくさん繋がれてて可哀想。」







口をつくのは自分を責める言葉ばかり。





違う。 


違うんだ。



誰のせいでもない。 




誰も悪くないんだよ。




俺が産んだわけではないから、本当の意味で妻の気持ちを分かってあげることは出来ない。

「軽はずみな慰めだけは絶対に言っちゃいけない。」と思っていたが、どうしても誤解してほしくないことを伝えた。


あのさ…俺が産んだわけじゃないから、
妻の悲しみとか苦しみを完全に理解してあげることは出来ないと思うんだけど…
妻は考えられる限りのベストを尽くしてくれたと思うよ。 

だからそんなに自分を責めないでほしいんだ。 

妻が悪いなんて誰も思ってないよ。

あと……







次男を『可哀想な子供』って思うのは止めよう。




確かにあの姿を見たら周りの人達は「可哀想」って言うかもしれない。
だけど、俺達まで可哀想って言ってたら本当に『可哀想な子』になっちゃうじゃん。

俺はあの子が可哀想な子だなんて思ってないし、可哀想な子になんか絶対させない。 

何よりあの子自身に「自分は可哀想な子なんだ」なんて思ってほしくない。

今は医療も発達してるし、大人になってからだって色んな福祉施設があって、受け入れてくれる所はいくらでもあるから大丈夫。

絶対なんとかなるよ。

せっかく俺達をパパとママとして選んで産まれてきてくれたんだからさ。

「きっと、あのパパとママなら大丈夫だ。」って思ってくれた期待は裏切らないようにしようぜ。

仮になにかが上手くいかなくて、なんともならなそうだったとしても、俺が持つ全ての知識と人脈を使って必ずなんとかするから絶対に大丈夫。

だから泣くのは車の中で終わりにして、子供たちには出来るだけ明るく伝えよう。

もし、どうしても涙が出ちゃいそうだったとしても子供達の前だけはどうにか我慢してくれ。
俺と2人だけの場面だったら俺がいくらでも受け止めるから。


もちろん俺がなんとか出来る術なんてこれっぽっちも持っていないし、大したコネも持ち合わせていない。

だけど妻には安心してほしかったし、何より希望を持ってほしかった。






俺の気持ちが伝わってくれたようで、
その日以降妻が泣くことは無かった。







そして産まれてから3週間後。





大きく腫れあがった腎臓を1つ摘出するための大手術。



3kgにも満たない小さな身体に全身麻酔をされて、
予定手術時間は7時間。




何が起きてもおかしくない、本当に不安な時間だった。




前日には家族で神社を3つ回ってお参りもした。




次男くんの手術が無事に終わって、元気にお家に帰ってこれますように。




頼むから。 



頼むから何事も起こらずに終わってくれよ…




俺達にできることなんて、神頼みくらいしかないんだ。





手術中も妻に「大丈夫。絶対に大丈夫だよ。」と何度も伝えた。

今にして思えば、自分自身に言い聞かせてたのかもしれない。








「無事終わりましたよ!」







予定時間より早めに、ドクターが待合室に入ってきた。




本来の腎臓のサイズより3倍以上大きくなっていて、胃や腸が圧迫されていたらしいが、大きな出血をすることもなく、無事に摘出完了。




良かったー!!



ドクターは色々と難しいことを話していたが、
説明なんてほとんど覚えてない。




なんとかなった。
俺はこれからも5人の子供たちの父ちゃんで居れるんだ。




その事実だけで大満足だし、俺にはそれが全てだ。





手術が無事に終わった後も入院生活は続き、2ヶ月後には、より専門的な治療が出来る大学付属病院へ。




結局退院したのは生後3ヶ月以上経ってから。




身体が弱いので、退院してきてからも小さな風邪をひく度に入院になってしまう次男。


祖父母に来てもらいながら俺は仕事、妻と子供が入院している病院、保育園、小学校の行き来で

「俺があと2人居ないと無理だー!」

なんて事を毎回思っていたが、案外なんとかなるもんだ。




次男は絶対家に帰ってくる



その安心感があるだけで、俺はいくらでも走り続けられる。





俺は子供がたくさん居るし、全員元気だったので、
「子供が健康でいてくれること」のありがたみをイマイチ分かっていなかったのかもしれない。





家族みんなが元気に揃って過ごせる日々は当たり前じゃない。







次男は入院生活が長かったから、
今でもほとんど人見知りはしない。


人見知りなんてしてる場合じゃなかったからね。


会う人みんなに笑顔を振りまく。




初めて会う人は次男が難病にかかってるなんて誰も思わないだろう。



それくらい普通に、元気に生きてる。




他の子よりちょっとだけ成長がゆっくりな次男は今日も兄や姉達と遊んだり、ケンカをしたりしながら生きている。





「うわー! お姉ちゃんのランドセルかじるなよー!」 


「危ないからそっち行っちゃダメー!!」



我が家が今日も騒がしいのは、みんなが元気で居てくれるからこそ。



これまでもなんだかんだ色々あったし、
これからもきっと色んなことがあるだろう。

でも。

とりあえず今は全員揃って毎日過ごせてる。




次男よ。

君は、生まれてすぐ大仕事をやってのけた。
大人でも怖がるようなことを、何度も越えてきた。

だからこれから先、少しくらい大変なことがあっても、きっと大丈夫。


正直…
パパとママを選んで正解だったかはまだ分からない。

でも、外れだったとは絶対に思わせない。

それだけは約束するよ。

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