生きるもの
中上健次の『枯木灘』に「生きてりゃ死ぬわい」という台詞がある。もう何年もこの一言が頭に残り続けている。そして訃報があるたびに思い出す。生き死にってのは仕方のないこととして。
なんだかまた生き残りサイドに立ったので寂しい感じがしますね。そんなのも人間の歴史の上で幾度も繰り返されたことでしょうけど。
さて七月が近い。新しいCDプレーヤーを買おう。音楽は力をくれるものです。その他もろもろ買いましょう。そのへんゲンカツギとして。ただ事情としては買いものしてる場合ではないんで、執筆を始めるからね、忙しくなるはずなんですけども。あまりのんびりしていられないぞと。少し買ったらもう動き始めようと思う。
ポメラの打ち込みに慣れていこうとして雑記を書いてる。デジタルのジャーナリングみたいなもの。Magic Keyboardとはだいぶ打ち心地が違うので慣れは必要だ。準備は進めていますね。今夜これからまたやってみましょう。
小説はゲリラ戦だよね。どう考えても正規軍の戦い方じゃないですよこれ。限られた装備で戦う、奇襲を活用する、攻撃して撤退を繰り返す、地の利を活かす。ぜんぶ小説や執筆、販売のことじゃないですか。ゲリラ兵として小説を書こう。この比喩が気に入った。ゲリラ戦、ゲリラ兵。勝利条件をどこに置くかってことも大事かもしんない。差し当たりは新人賞受賞を目指す。長くかかってまだそこに行けてないからねえ。
SNSから消えた元友人がいる。私のほうでその人間性に呆れ果てて、とうに縁を切っている男なのだが、さて、どこに行ったんだろな。地元に帰ったかね。才能の話をしちゃうとあれだけど、才能なかったよ彼。ものの捉え方、考え方、見方、感じ方が才能です。理解力と感受性です。それがものを書こうとする前にまず必要なことだったんでしょう。いまはそのように思うが。
さて爪を切ってポメラを打とう。書こうということを書いているのがいまこの一文ですが、それに意味があるかどうかはわからん。書こう書こうといって書いても書かなくても誰にも関係ない話ですから。それで書くといっても雑記なんだし、別に表明するまでもない言説ですねこれ。そういうのいいがちなんですけど私。書きますよっつって。いよいよの執筆期間が来るので気合いが入っちゃってるかね。がんばりましょう。
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