図書館に住みたい
図書館に足を踏み入れる。
ブルッ、と身震いしそうになる。
背丈より高い書棚に、びっしりと収められた書籍。
未知の書籍が、今か今かと私を待ち構えている。そう思うと、ゾクゾクワクワクしてくる。
まずは、英米文学のコーナーに立ち止まる。
ざっと背表紙を眺めて、聞いたことのあるタイトルが目に止まると、手に取ってページを捲る。
知らない作家でも、タイトルに興味を引かれると、手に取ってみる。
次は、ドイツ、ロシア文学のコーナーだ。
この辺りは、今まで読んだ実績が少ない。
目を凝らし、一冊ずつゆっくり見ていく。
途中、ウラジーミル・ナボコフの小説に目が止まった。
(そういえば、ロリータ、って どんな小説だっけ?)
確か情景描写が、とてつもなく上手で印象的だったことを思い出す。
ドストエフスキーは、ストーリーが長くて難解だったせいか、読破していない。
日本文学のコーナーに来ると、ほぼ知っている有名な作家の書籍がズラッと並び、百花繚乱と表現したいほどだ。
大好きな渡辺淳一さん、森 瑤子さん等の背表紙のタイトルを見ているだけで、気分が高揚し嬉しくなる。
芥川賞を受賞した小説も、結構置いてある。
新人作家さんに関しては、まだまだ読んでいない人が多い。
中国文学、古典のコーナーに来ると、漢字だらけのタイトルが多い。高校の授業以来読んでないなと思いつつ、ひとまず通り過ぎる。
美術書のコーナーを通り過ぎると、哲学、心理学のコーナーだ。大好きなニーチェさんの書籍もたくさんある。同じタイトルでも、複数置いてある。各々、翻訳者が異なるから、読み比べるのも面白いかもしれない。
当然のように、ハイデガーの存在と時間も置いてある。
以前、購入して読んでみたのだが、私には難解だった。また、改めて読んでみようかしら。
そういえば、心理学は勉強したことがない。何か借りてみようかなと思い、棚の上から下まで順番に見ていく。興味を引かれるタイトルが結構ある。
どれがいいかな、と思ったその時、私の好きな作家の言葉を思い出した。
「世の中には数多の書物がある。生きているうちに、いったい、どれだけの書物を読むことができるだろうか? あれも読みたい、これも読みたいといっても、一日中読書に費やすわけにもいかない。きっと、読みたいと思う全ての書物を読み切ることなく生を、終えていく。」
確か、このような言葉をエッセイに書いていた。
その通りだと、しみじみ思った。
彼女は胃癌で、40代で死去した。読みたかった本、どれだけ読めたのだろうか?
そんな私も思う存分、読書はできていない。
1日の大半を仕事や家事に費し、読書に当てる時間には限りがある。
恐らく私も読みたかった本、すべて読むことができずに、この世を去るのだろう。人生は有限だから仕方ないといえば仕方ないが、何だか切なさが残る。
私は目についた書籍を手に取り、近くの椅子に座った。ページを開き、読み始める。
周りには老若男女、皆が本に視線を落とし、静かに読書を楽しんでいる。
ふと、ひらめいた。そうだ、図書館に住むことができたらいいんだ。そうすれば、今以上に読書ができる。
到底、不可能なことを想像し私は、ふふっと笑い出しそうになるのを何とかこらえた。
