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ボカロ曲で読む「ふたつの世界と声の記憶」―物語#1 

12章で綴る物語。オリジナル物語に添って作ったオリジナルボカロ曲。
第1楽章。(制作期間1年以上。今も制作真っただ中です。)


序章 兆し

 
辺り一面、真っ暗な中で、ぼうっと浮かぶ青。
 
静かな湖だった。
風はない。水面の鏡は、夜空を映している。
 
月光が水の上で、かすかに揺れた。
湖面は、ぴくりとも動いていない。草木は、そよともしない。

波ではない。
風もない。
けれど、水面に映っていた夜空が、ゆっくり震えはじめる。
震えているのは、湖面ではない。
映っている空のほうだった。
ひとつだった星の並びに、重なるもうひとつの空。
 
同じ場所に、同じ星々が、わずかにずれて重なっていた。
 
そのとき——
音もなく、水の底で、何かが目を開くように、暗い穴が現れた。
淡い青い光が、暗闇からにじみ出していく。
はじめは、星の雫のような無数の小さな光。
それらは、湖の奥で、混ざり合いながら、ひとつの流れになっていく。
 
やがて──
その青い光は、ひとつの形になる。
小さく、手のひらにおさまりそうな何か。
ゆっくりと脈を打っていた。
 
音もなく、その光は水面に溶ける。
ぱっくり開いた目の闇だけが、夜の底へ沈んでいく。
湖は、ふたたび何事もなかったように夜空を映していた。
 
ただ——
月が、ふたつあった。


湖に映っているのは、ひとつだけだった。


第一章 残響

 
地下深くのシェルターは、いつも薄暗い。
 
崩れた天井。
垂れ下がる配線。
——錆びた機械の残骸。
人の気配はない。
 
このあたりに来る者は、ほとんどいない。

その日、奥の通路を歩いていたのは僕だけだった。
擦り切れたゴム底が金属床に触れるたび、冷たさが足裏を伝って体に染み込んでくる。
けれど、僕は、気にしない。
無心で壊れた設備の部品を探していた。
古い機械の部品は、たまに使える。
いる、いらない、いる、いらない——。
 
瓦礫の影で、懐中灯の光を何かが返す。
近づくと、それは古びた金属製の箱だった。
角は丸くすり減り、表面には細かな傷と錆が残っている。
長い時間、誰にも触れられていなかったような箱。
 
そして、その隣に——
壊れた旧型のアンドロイドが、静かに横たわっていた。
外装は剥がれ、関節は錆びついている。
ずいぶん長い時間、ここにいたのだろう。
胸の装甲には、かすれた識別番号。
ECHO-01
 
僕は、今までたくさんの壊れたロボットやアンドロイドを見てきた。
けれど——この型は初めて見た。
 
ポケットに手を突っ込む。
小さなメモ帳を取り出す。
僕は、珍しい型番を見ると、つい書き留めてしまう癖がある。
 
金属の箱に目をやる。
そのアンドロイドの腕が——
箱を守るような形で止まっている。
僕はしばらく、その姿を見ていた。
 
おもむろに手を伸ばして、箱を持ち上げる。
蓋は驚くほど静かに開いた。
 
中に入っていたのは三つ。
一枚の古い絵。
そして、小さなデータ片。
それから、
手のひらに収まるほどの小さな石。

僕は石を手に取った。
冷たい。
でも、触れた指先だけが、なぜか少し熱い。
とっさに離そうとした。
だが、指が動かなかった。
 
その瞬間——
かすかな音がした。
キィン……
ガラスの奥で鳴るような透明な音。
石が、淡く青く光った。
 
(どこかで触れたことがある…?)
 
僕は、行ったこともない場所を「思い出す」ことがある。
それは夢ではなく、空気や触れた感触がありありと蘇るほどに。
その感覚に似ていた。
 
青い光を掌に感じながら、データ片を拾い上げた。
部屋の隅では、古いコンピュータがかすかに光っている。
このシェルターでは、まだわずかに電気が生きているようだ。
僕はそこへ近づき、データ片を差し込む。
 
コンピュータが、かすかにチチと鳴る。
画面がゆっくりと光る。
そこには、ひとつの古い記録。
誰かが、遠い昔に残したもののようだった。
 
画面には、見たこともない文字が並んでいた。
 
𐓂⟡ ᚣ𓂀 ϟᛚ⋔
⟐ 𓇼ᚱ Ϟ𐑂⟁
⋔⟡ 𓂀 ᚣᚣ ϟ
 
読めるはずがない。
それなのに——
なぜか、意味だけが、音もなく胸の奥に落ちてくる。
ずっと前から知っていた言葉のように。
 
その意味不明な記号を目で追う。
それは、五感、いや第六感に語りかけてくる。
僕は、それの意味が本当かどうか確かめたくなった。コンピュータをいじり、翻訳機にかける。
エラーの表示。
もしかして、過去に存在しない文字なのだろうか?
それとも、知らせたい人にだけ知らせる何らかの機能がついているとか?
僕は、翻訳を諦めて、心を集中させ、頭に浮かんでくる意味を拾うことにした。
 
「はじめに、世界はひとつだった。」
ザザ…という雑音とともに画面が真っ暗になる。
 
僕は、画面の端を軽く叩いた。
ふっと画面が明るくなる。
 
「裂け目も、境界もなかった。」
言葉が、現れては消える。
 
「けれど、それを確かめる術は、もうどこにもない。」
「今、空はふたつに分かれている。」
 
空がふたつに分かれている?
どういうことだろう…。
気づくと、僕はその記録に引き込まれていた。
コンピュータの前に釘づけになる。
 
「ひとつは、
どこからともなく「声」が降りてくる空。
 
その声を受け取る者を巫女と呼ぶ。
彼女たちは、聞こえたものを語る。
けれどそれは、言葉になりきらない何か。
それでも人は、そこに祈りを見た。
 
もうひとつは、
「声」が降りてこない空。
 
すべてが測られ、記録され、定義される。
証明できることだけが、価値を持つ。
 
——ただ、
どちらの空の世界にも、完全には属することのできない者たちがいた。
 
声の降りる世界では、
その声に触れることができず」
 
ぷつっ。
画面が暗くなる。
また、故障かな?
画面の端を指で叩く。
反応はない。
 
壊れたのか…
僕は、データ片を取り出そうとした。
すると——ふっと画面が明るくなる。
 
「声のない世界では、
そこにいることさえ、認められない。
 
四人の少女。
 
これは——
彼女たちの、記録である。」
 
カタカタ、とコンピュータは音を立てた。
次に進むにはキーを押せ、と表示が出ている。
けれど、僕はすぐに押さなかった。
気になることがあった。
 
四人の少女。
僕は、箱の中の絵を取り出す。
そこに描かれている四人の少女たち。
ひとりは、銀色の長い三つ編み。白い布をまとっている。
ひとりは、幼いツインテールの少女。
残りの二人は双子だろうか。
同じ黒髪の少女。
 
きっと——この子たちの話だ。
 
僕は、深く息をした。
キーに触れる指先が震える。
先を知りたい衝動に駆られる。
でも、読んでいいのだろうか?
そう思ったときには、すでに指先は沈んでいた。

つづく



第二章は近日公開します。

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