テクニクス「1981」コンサイス生活のサイズに、音楽の夢を凝縮する
はじめに
45年前、私たちが追いかけていたのは、単なる新製品ではありませんでした。
それは、音楽のある暮らしを、もっと自由に、もっと美しくすることでした。
1975年、「コンポが立った」というテレビCMが世に出たとき、日本のオーディオの景色は大きく動きました。オーディオは、性能を競う時代から、暮らしの中でどう在るべきかを問われる時代へ、静かに入り始めていたのです。
私はその時代、テクニクスのデザイナーとして、次々に新しい音のかたちに取り組んでいました。縦型のVシリーズ、ダイキャストの小型スピーカーSB-Fシリーズ、そして1981年に一つの到達点として結実した、LPジャケットサイズのワンボディコンポ(私たちは親しみを込めて「コンサイス1981」と呼んでいました)。
今あらためて当時を振り返ると、私自身が驚くほど、毎日ただひたすらに「世界でまだ見ぬ新しいオーディオ文化」を考えていました。売れるかどうかの前に、まず、新しい価値をつくれるか。その一点に集中していたように思います。
この記録は、かつてテクニクスの製品を愛し、音楽の未来を信じてくださった皆様への、私からの小さな手紙でもあります。
第1章
生活のサイズを見つめたとき、オーディオのかたちが変わった
1978年、私はドイツ、イギリス、イタリアなど、欧州各国の一般家庭を視察していました。
その中で、今も忘れられない出来事があります。フランスのある家庭で、奥様が率直にこう話してくださいました。
「オーディオは、重くて大きくて、場所を取りすぎるのです。掃除をするのも大変です。」
その言葉には、当時のオーディオが抱えていた本質的な問題が、はっきりと表れていました。
性能を追うあまり、装置は大きくなり、生活の側がそれに合わせるようになっていたのです。けれど、本来それは逆であるべきでした。暮らしが主であり、機械はそこに静かに寄り添うべきです。
ところがその奥様は、発売されたばかりの小型スピーカーSB-F1を見せながら、笑顔でこう続けられました。
「でも、これは素晴らしいのです。小さいのに、部屋に気持ちよく音が広がるのです。」

実際にその場で聴かせていただいた音は、実に印象的でした。
大きさの誇示ではなく、音と音場がきちんと成立していること。それがあれば、装置はもっと生活のサイズへ近づけることができる。私はそのとき、強く確信しました。
つまり、オーディオの未来は「大型化」の先にはなく、生活空間と調和しながら、音楽の本質を損なわない凝縮の中にある、と。
第2章
日本の住文化が教えてくれた「整理された美しさ」
欧州で受け取ったその気づきは、私の中で、日本の住文化が持つ独自の寸法感覚と静かに結びついていきました。
とくに意識したのは、日本の暮らしの基準として長く息づいてきた**「1間」という感覚**です。
日本の住まいには、ただ狭い・広いではない、整え方の知恵があります。畳、建具、箪笥、そして日々の所作までもが、一定の基準の中で無理なく関係づけられてきました。そこには、ただ物を収めるのではない、秩序ある美しさがあります。
私は、この日本のサイズ観を、オーディオの設計に重ねて考えました。
製品単体の存在感を強く主張するのではなく、住空間の中に無理なく収まり、なおかつ手にした人が心地よさを感じる寸法へ整えること。これが、後のブックシェルフサイズという考え方にもつながっていきました。
「コンサイス1981」では、アンプ、カセット、チューナーという複数の機能を、一つの整理されたワンボディに凝縮しました。
それは、ただ小さくするということではありません。
機能を削るのではなく、秩序を与えることです。
着物を美しく畳んで収めるように、音楽を楽しむための機能を、生活の中に端正に収めていく。その発想でした。
オーディオが生活を圧倒するのではなく、生活の中に美しく佇みながら、豊かな音楽体験を支える。
私は、そこにこそ、テクニクスが目指すべきひとつの品格があると考えていました。

第3章
音響への誠実さが、「1981」というかたちを生んだ
音は、機械の中だけで完結するものではありません。
部屋に広がり、壁や床に触れ、人の耳に届き、心に響いて、はじめて音楽の体験になります。
そこには、伝播、反射、吸収、干渉といった複雑な現象があり、オーディオ設計は本来、それらに対して誠実でなければなりません。
私は、初めて本格的に音楽と向き合おうとする若い人たちに向けて、高性能でありながら、自由で、美しく、生活に受け入れられるオーディオを届けたいと考えました。
その答えの一つが、「コンサイス1981」でした。

この製品は、他社に先駆けて、高性能を凝縮したワンボディ形式の商品化に挑んだものです。
賞状にも記されているように、この開発は、チーム全員の旺盛な意欲と結束力によって成し遂げられたものでした。新鮮なアイデアを次々と形にし、他社に先駆けて「高性能をワンボディに凝縮する」という難題をクリアしたこと。そして、ステレオの新しい分野を切り拓き、テクニクスのブランドイメージを高めたことが認められ、光栄にも「団体担当役員賞」をいただくことになったのです。
私にとって嬉しかったのは、単に売上や話題性だけではありません。
音楽のある新しいライフスタイルを提案できたこと、そして、技術を誇示するのではなく、生活の中にきちんと着地させる仕事が評価されたことです。
そこに、ものづくりの本当の喜びがありました。

第4章
デザインとは、生活を圧迫しない文化の提案である
振り返れば、「コンサイス1981」で私がやりたかったことは、単にコンパクトなオーディオをつくることではありませんでした。
目指していたのは、生活を圧迫しない文化の提案です。
機械は大きいほど偉いのではありません。
要素が多いほど豊かなのでもありません。
必要なものを見極め、秩序を与え、暮らしの中で心地よく機能させること。その結果として、小さく、美しく、使いやすく、しかも音楽に誠実であること。それが本来の設計だと、私は考えています。
今の時代は、さらに多くの情報とモノに囲まれています。
だからこそ当時の仕事を振り返ると、あらためて感じます。
本当に大切なのは、何を足すかより、何をどう整えるかであると。
そして、その基準はいつも、つくり手の都合ではなく、使う人の生活の側に置かれなければなりません。
おわりに
音楽を愛した皆様へ、そして今日を生きる私たちへ
私が最後に取り組んだ「ザ・コンサイス SA-007」のデザインをまとめ、テクニクスを去ってから、長い年月が流れました。
それでも、あの時代に追いかけた夢は、私の中で今も古びていません。
「昨日を思い煩わず、明日を憂えず、今日を清く生きよ。」
私は、ものづくりにおいても、この心を大切にしてきました。
過去の栄光に留まらず、未来の不安に振り回されず、いま目の前の人にとって何が必要かを見つめる。その積み重ねが、良い製品を生み、良い文化を育てるのだと思います。

かつて「コンサイス1981」のスイッチを入れ、音楽の始まりに胸を躍らせてくださった皆様。
あの日、私たちが共有した「新しい世界が始まる予感」が、今もどこかで生きているなら、これほど嬉しいことはありません。
私たちのつくった音と形が、皆様の人生のひとときを少しでも豊かにしていたなら、デザイナーとして、これ以上の喜びはありません。
心からの感謝を込めて。
